富を生み出す道州制への道 ―― 九州をモデルケースに
経営コンサルタント 大前 研一氏

2008年6月18日

最近、道州制へ向けた議論を耳にする機会が増えてきた。いよいよ俎上(そじょう)に上ってきたと言うべきか。

 わたしが、かねてからの道州制推進論者であることはご存知の人も多いと思う。「地域国家論」の提唱者として、わたしは19世紀的な国民国家からの脱却を世界中で呼びかけてきた。EUや中国の台頭を地域国家の集合体として見る見方も折に触れて提示してきた。

 世界の繁栄する地域を見れば、その秘訣がROW(Rest of the World:その他世界)から呼び込むことにあることは明らかだ。日本ではいまだに国民の払う税金で景気刺激をするしかないと考えている人々が大半だ。富の分配はその前提として富の創出がなくてはならない。いま日本の人口はまさに少子高齢化しており、毎年40万人ずつ就業人口が減っている。GDP(国内で生み出された総付加価値)を維持するだけで毎年7%の生産性向上がなければならない。これは今の日本の能力からいってほぼ不可能な数字だ。また生産性の高い、競争力のある企業は先を競って海外に出て行っている。つまり国内での付加価値、すなわち富の創出にはこれから先あまり貢献しないだろうということだ。

 富の創出の議論を忘れて道路建設や福祉の充実など富の配分の議論ばかりすれば、その原資は未来から、すなわち子孫から借りてくるしかない。しかし、将来の少なくなった就業人口でこの借金を返すことは至難の技だ。

 解決策は二つに一つ。第一は今の大阪で橋下知事がやっているような歳出の削減である。5兆円の借金を1000億円ずつ返していくという話だが、それでも50年かかるということである。借金に利子が付かなければ、という話だ。利子が2%付いただけで1000億円だから、借金は永遠に減らない、という話でもある。政府の財政削減論者が言うプライマリーバランス(これ以上借金が増えないレベル)というのは要するにそういう話しだ。

 もう一つが、真剣に富の創出を考える、ということである。その場合には日本を再起動するくらいの覚悟でやらなくてはならない。その一つの方法が世界に有り余るお金(このコラムでわたしが何回か「世界を徘徊する6000兆円のホームレスマネー」と呼んだもの)を呼び込むことである。道州制とは富の再配分機構としての中央集権国家を解体し、世界から富を呼び込む責任を「地域国家」に持たせる、というものである。同時に一部の立法権限を道州に委譲することによって富の創出を真に志向させるものである。すなわち、富を真に作り出すか世界から呼び込む行政の単位 ―― これが道州ということになる。

歳出削減から富の創出へ

 大きさは今の北海道(道)、あるいは九州(州)の単位で十分である。世界では30万人くらいの人口でも立派にOECDのメンバーになっているアイスランドのような国もあるし、繁栄する国家像をみればデンマークやシンガポールのように300万人から600万人くらいの人口のところが多い。

 この道州連邦国家の概念はいま、国会議員などが言っている道州制とはまったく異なるものである。今までの議論は、「市町村合併のあとは都道府県だ」「47もの行政単位を集約して費用を倹約しよう」という歳出削減の考え方である。それで先行的に北海道を例にとって、国の出先機関と道庁の重複機能などを集約して1000億円の削減を目指す、などという試算が出ている。今までの作業のどこを見ても、富の創出や海外からの富の呼び込みの議論は俎上にさえ載っていない。

 そこで今回は、道州制に移行した後のビジョンを考えてみよう。例として取り上げるのは、九州道だ。現在の九州がまるごと一つの「道州」になるものとして、シミュレーションをしてみることにする。

 本題に入る前に、いくつかお断りをしておこう。まず道の長(行政上の長)の呼称については、「県知事」と混乱しないように、ここでは「道長」とする。また沖縄については、今回の九州道構想からは除外するものとした。道州制推進論者の間でも沖縄を九州道に含めるか否かは意見が分かれているが、わたし自身は「沖縄は大繁栄する東シナ海のハブになるために九州道とは別の道州にするべきだ」と考えているからだ。

 仮に九州道の一部とした場合、沖縄は「九州道アンド沖縄」みたいな付属品的扱いになるだろう。それでは沖縄の価値が消えてしまう。沖縄は、本土とは異なる独自の文化・風習を持ち、また地政学的にも東シナ海という大繁栄地のなかで栄える力を秘めている。だからこそ、中央集権の縛りを解いて繁栄のための立法権まで献上し、一つの地域国家として九州道とは別にかじ取りできるようにするべきなのだ。

 さあ、皆さんも、実際に自分が新しい道州の長になることを想定して考えてみていただきたい。

~略~

アジアでコミュニケーションを取れる人材育成が急務

 世界からお金を集め、あらゆる先端産業の集積地としてやっていくとなれば、当然、それに適応できる人材育成も必要だ。よその国の例を見てみれば、東ヨーロッパでは外国語を話す人が5人に1人はいる。この強さを利用して英語、ドイツ語、フランス語などのコールセンターや業務処理センターが続々と集まってきている。語学が21世紀の産業集積の鍵となっているのだ。九州道もそのようにしたい。そしてアジアから人材を積極的に受け入れ、逆に日本人をアジア各国に輩出するのだ。

そのためには、語学教育が重要になる。文科省の全国一律で画一的なカリキュラムを改め、九州道独自に、韓国語、中国語を学べるカリキュラムを作成する。そして、コミュニケーション能力を中心に学校教育から抜本的に変えていく。従来、日本の外国語教育というと文法や単語力重視のカリキュラムであった。それを「無意味」とまでは言うまいが、外国人とリアルなコミュニケーションを取るという語学教育の本来の目的からすれば失格だ。

 だから、九州道には、東京偏重の文科省など要らない。独自に道州文科省をつくり、そこで真に必要なコミュニケーション能力を中心とした外国語教育を施すのである。義務教育を終えるまでには1年間、東アジアのいずれの国かに滞在し、文化と語学を修得して人的ネットワークも構築するようにしたい。今の教育にかかる補助金(年間70万円くらい)をもってすれば、海外で1年間は十分に生活することができる。

 さきほど例に挙げた東ヨーロッパ、例えばポーランドに人が集まるのはフランス語が通じるからだ。チェコではドイツ語や英語が通じる。ハンガリーにはドイツ企業の業務支援センターが出来ている。言葉が通じるからこそ新しい付加価値の高い仕事が入ってくるのだ。

 九州の場合にはそういう業務だけでなく、ハブ空港が出来ればその周辺にはアジアに展開している日本企業の技術支援センターや、アジア本社も立地してくるだろう。いざとなればアジアのほとんどの都市に数時間で飛ぶことができるし、東京とは異なった目線でアジア展開をリードしていくことができる。中央集権に順応し、参勤交代を続けていた時代には全く気がつかなかったアジア諸国との連携関係が毎日の関心事となる。テレビなどもアジア各地のものが原語で放映されるようになる。滞在客や企業の出向者たちが九州を第二の故郷と感じてくれるだろう。

 このように、産業、税制、金融、観光、拠点、企業家、人材と、あたかも独自の国であるかのようにやれるのが、道州制なのだ。

道長に選ばれるためには姑息な手段も

 ところで、いまの極端な中央集権国家=日本はいかにして日本道州連邦へと移行できるのであろうか?

 1995年に雑誌「文藝春秋(三月号)」で発表した道州連邦制の論文で、わたしは3段階の移行を提言している。第1段階は各県議会が互選によって道州長を選んでいく。県別になっている国の出先機関を道州で統合していく。欧州の統合の過程でいえばEEC(欧州経済共同体)というフェーズである。第2段階では一部の立法権を譲り受け、予算も県をまたぐようになる。欧州共同体(EC)のフェーズ、といってもよい。最後は道州長を直接投票で選ぶ第3フェーズである。

 そのような考えを実行するにも、まずは新しい九州道の長にならなくてはいけないわけだ。仮に道長が、2期目までは従来の県知事の間で互選で決まるとしよう。3期目から道議会が出来て立法権の委譲が行われ、道民の直接投票で道州長を選ぶことになる。

だから、まず道長になるには、知事の互選で選ばれないといけない。そのためには知事を刺激し、機嫌を損ねるような発言は控えることが肝要である。つまり、宮崎県には高齢者を持っていくというような、どこかの県が差別されるようなことは口に封をする。その代わり、「教育を変えよう」「小学校から韓国語をやろう」というような、どの県も平等に実施できるような全体ビジョンから提案していくのだ。

 そして選ばれてしまえば、2期目の互選まではその路線を貫く。さすれば2期8年は確定だ。そして2期目に突入したら、もう知事に遠慮する必要はない。3期目の直接投票で選ばれるように、地域の住民に喜ばれるための政治活動を行なう。

 わたしだったらその段階で初めて、この記事に取り上げたような「真の九州道プラン」を明確に提示するだろう。この期に及んで知事が「あの野郎、2度目の互選まではオレたちに都合の良い話ばかりして、心の中ではこんなことを考えていたのか」と怒り出しても、もう関係ない。2期目の残り4年で、やるべきことを実行する。

 そして、住民に「人もたくさん来るようになったし、お金も集まるようになった。九州が少し元気になった」と思ってもらえたら、3期目の当選は確実だ。実際、わたしのプランを現実に行おうとするならば、3期12年はかかるだろう。しかし、道長を次の人にバトンタッチしながらのリレーでは実現するのは無理だ。一人の道長が明確なビジョンを持って12年計画で実現に向けて尽力するしかない。

 サマータイムで甲論乙駁(こうろんおつばく)、結局先延ばしとなった日本のことである。道州連邦への移行は総論賛成・各論反対を絵に描いたような様相になるだろう。いまは賛成する知事も多いが、現実には知事職は5分の1に減るのだ。最後まで賛成でいられるかどうか、はなはだ心もとない。だからこそ、ここでは若干の皮肉なシナリオも含めて、あえて九州を例に取り12年間にわたる移行過程のシミュレーションを、架空の野心的な現職知事を想定しながら彼が初代道州長となるまでのロードマップを紹介してみたのだ。

 富の配分から創出へ。そして富を創出する単位、世界から潤沢な資金、企業、そして人材を導入する単位としての「(大前版)道州制」を記述してみた。





http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/136/






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