『虐殺器官』 | リュウセイグン

リュウセイグン

なんか色々趣味について書いています。

長文多し。

早逝の天才


虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)/伊藤計劃
¥756
Amazon.co.jp



名前の難解さ(どうやら『プロジェクトA』から来ているらしい)と物々しいタイトルで避けてたけど、優れた作品らしいので手に取ってみる。

虐殺を引き起こす謎の男と、それを追う特殊部隊大尉の物語。
世界観はリアリティに溢れており、尚かつ相当ハード。
911後、サラエボで核テロが起きてしまった為に世界はID認証製が取り入れられ、アメリカでは暗殺が政治的手段として用いられている状態。
世界各地を飛び回っている話の筈なのに、閉塞感が付きまとう。

特殊部隊の装備は人工筋肉を用いた侵入鞘や、オルタナと呼ばれる液状のスクリーン(?)等を用いており
如何にも……といった近未来装備を思わせるSF設定と、潜入行動はそれだけで引き込まれる。

他方、主人公自身とその語りは非常に繊細で、血腥い描写が多数有るにもかかわらず優しげな印象を持たせ「僕」という一人称と共に、どことなく少年のような感覚すら受ける。
このミスマッチさが本作の魅力の一つかもしれない。

大森望氏は「劇パト2&地獄の黙示録」と喩えているが、まさにその通りで僕も劇パト2は考えなかったが、『地獄の黙示録』は想起した。それ以上にテロと暗殺が謳歌し、虐殺が蔓延る世界という意味に於いては、やはり大森望氏が解説しているように今の世界を切り取っているところも大きいだろうか。




「虐殺器官」の正体については、その設定と冒頭に於ける主人公の語りから何となくは予想が付いた。
それに対するSF解釈という意味では、驚かされる部分もあったけれども、ある程度予想の範囲内……というところか。京極堂(むしろ堂島大佐?)が本気になって世界を混乱に陥れようとしているって感じだろうか。

正直僕も内容をキチンと把握出来ているかは怪しいところもあるので、あまり自分の言葉では語りにくいが、虐殺器官の構造と相対化させるような形で、兵士のメンテナンスという部分も取り入れてイーガ ン的なテクノロジー(脳機能)と精神を取り入れている辺りも面白い。



ただ気になってしまう部分も結構ある。
小松左京氏の選評に置いては誉めると共に虐殺器官の詳細や、男の動機、主人公の行動について難色を示していたが、僕も同感してしまう部分がある。

虐殺器官の詳細については言語学の具体例を出しては語りにくい部分もあるだろうし、また色々と推測出来る部分も多い。(虐殺器官に対する単純な意味での方法も想定出来てしまうが)
しかし男の動機と主人公の行動はどうもなぁ……と首を傾げてしまうような部分も否定出来ない。

これは彼ら自身が虐殺器官の影響下にある……という想定をする事でもフォロー出来るものの、一番気になるのが虐殺を起こしたとして実際に他の土地の政治情勢が安定するのか、という疑問に由来する。
統計を出してはいるが、ほんの触れる程度であり、これはあまり説得力があるとは言えない。

また男は正気である、と結構露骨に描写されているので誇大妄想狂という想定はしにくい。

そもそも虐殺器官は自然発生的な要素を抽出して技術化したものであるから、例え他方を混乱させて局所的に人為的に平和を産み出そうとしても、自然に生じてしまえば元の木阿弥になりかねない。
だから、もう少し掘り下げてこの部分を構築しないと男がこういうやり方を選んだのも納得出来ないし、主人公が選んだ行動も承伏しかねる。

加えてID登録による追跡可能性の如何についても疑問が残る。
抑止力としての追跡可能性の否定とシステムの抜け穴について示されてはいるが、追跡可能性は抑止力としてのみ働く物だろうか。
一度はテロを「上手く」起こされてしまう可能性は否定出来ないが、テロリストの行動を追跡することにより、その人物が関わった人間に注目し警戒や予防策を講じることも可能なはずだし、そこから更に組織にたどり着き一網打尽にする事も出来るだろう。
テロリスト側としてもそれを考慮しての抑止力の意味はあるのではないか。
警戒の薄いルートをマッピングして割り出す、ということにしてもこれは要するに警戒の薄さであるからには対策を立てることは可能だ。加えて逆にそこを張る」、なんて事も出来る。

こういった部分は比較的些末な問題であり、本来的には作品に影響するとは言い難い部分もあるのだが、『虐殺器官』は極めてリアリティに飛んだ、素晴らしい小説であるだけに、逆にこういう部分が障ってしまうところはあったかもしれない。