先日書店を冷やかしていて、文庫コーナーで獅子文六氏の『コーヒーと恋愛』(ちくま文庫)という本を見つけた。1960年代に発表された小説で、40代の女優とその周辺の人々の恋愛模様を軽妙な文章で描いた気持ちのよい作品だ。

「コーヒーと恋愛」というとサニーデイ・サービスに同タイトルの曲があるのだが、案の定この本の解説は曽我部恵一氏が書いていて、この本に着想を得て曲を作ったことを明かしていた。


コーヒーと恋愛。


その苦さと、飲んだあとの胸の高揚感から、しばしばコーヒーはラブソングのモチーフとして使われる。

でも僕は残念ながらコーヒーが飲めないので「ミルクティーと恋愛」はたまた「抹茶フラペチーノと恋愛」あたりがふさわしいのかもしれないがどうにも甘ったるく、いっそ「ビールと恋愛」とか「ハイボールと恋愛」にしてみようかと思うものの、なんだかおっさんくさい恋になってしまいそうだ。


過去、このブログ内で僕自身の過去の恋愛に関するエピソードをいくつか書いてきたものの、結局のところ33歳になった今でも女性との正しいお付き合いの仕方がわからないし、果たしてこの先自分にまともに彼女なんてできるんだろうか、と不安でしかない。
(その、変な受け身さがまたよくないんだろうけど)


2002年の12月。
人生で初めてお付き合いした女性・キョウコさんの一人暮らしのアパートの一室で朝を迎えた時のこと。(えろい意味ではなく)

キョウコさんがコーヒーを淹れてくれて、僕はコーヒーが苦手なのだけれども淹れてもらった手前それは言えず、チビチビと飲んでいた。
彼女がステレオでハナレグミのアルバムを流してくれた。
ぼうっと耳を傾ける。

「あっ、僕はいま、恋愛をしているのだな」

下高井戸のアパートの一室で、自分のことを好きだと言ってくれる女の子とふたりでベッドに腰かけていて、そこにはハナレグミが流れていて、僕は飲めないコーヒーを無理して飲んでいて。

横に座っているキョウコさんが、僕の肩にコトンと頭を預けてきた。

「女の子の髪の毛って、いい匂いがするんだなぁ」

そんなことを呆けた頭で思ったけれど、緊張してどうリアクションしたらいいかわからない僕に、キョウコさんは

「ずっといっしょにいてね」

と言った。

「う、うん…」

僕はやっとこさマグカップ1杯のコーヒーを飲み切って、オドオドと返事をした。



残念ながらキョウコさんと「ずっといっしょにいる」ことはできなかった。

今ではあの子は結婚してお子さんもいて、仕事も充実して幸せそうな毎日を送っている…ようだ。
しばらく前にFacebookのページを見ただけだからよくわからないけど。

キョウコさんだけじゃない。
2番目の彼女になってくれたヒロミさんも、それ以降にお付き合いした方も、多くがもう人の奥さんである。

僕はといえば、なにをどう間違えたのかアイドルオタクの修羅の道に足を踏み入れて、浮いた話もないままに30歳を大幅に超えてしまった。


深夜。真っ暗い自分の部屋の中でひとりベッドに横たわって天井をじっと眺めていると時々泣き出したくなるような気持ちにとらわれることがあるのだけれど、「自分だって、こんな自分だって、愛してくれた人がいるのだ」と自分に言い聞かせることでなんとか、生きている。


コーヒーを、飲める男になりたい。







次回:
ろ「ロリコンパティシエ」