もっといい自分へ

 

              もっともっといい立場のいい環境に

意外だったのは自分が上の立場、上の環境を求めていたこと。そして、それは決して自分ではかなえることができないし、そんな願いはかなわないものだと思っていました。あの頃から3年。それがある意味願っていたことが実現するなんて、夢のようです。今管理職になったわけではありません。

でも、確かにあの頃と比べて、収入も地位も上がり、自由に仕事の段取りも決めることができ、裁量もある程度あり、優位な立場へと変わっていっています。

 

 

 

             そんな自分が3年前どんなスタートを切っていたのか

 

                ちょっと振り替えてみましょう(⌒∇⌒)

 

 

 

 

           働きだしたころは目に見えることだけでまだ生きていました。

 

今しんどかったらそれは変えようもない事実であり、体の調子も改善するとは考えられなかったし、こういう風に軽く扱われている今の状況だけが自分の価値のすべてだと思っていました。

 

体調の悪かった私はたった4時間のパートから働きだしました。

介護福祉士とは名ばかり、雑用係でした。デイサービスから帰ってきた利用者の洗濯物を集め、洗濯機まで運び、洗濯をし、その間、広い食堂の掃除をし、それが終わったら洗濯物を干し、7時か8時に終了というものでした。

 

 

少しずつ、する範囲を広げていきました。お風呂の介助の人が少ないので、介助もやってみました。でも、有利に仕事をしたい人がいて、その人達が楽な仕事を分捕っていて、かなり身体も精神的にもきつい仕事環境で、その頃、まだ炎症の起こしやすい体質だったからか、膝の激痛で仕事を年末に一週間以上休むなど最悪な体調でした。

 

 

お腹の調子も悪く、しょっちゅう下痢をしていて、よくトイレにも駆け込んでいました。

食堂の掃除、洗濯の時間まではフロアーの見守りなどで、お手洗いが隣で助かった記憶があります。

 

そんな状況から、新しい方が入ってきて、一回り年上で経験豊富な方でしたが、残念なことに上からしかりつけるようになって、喧嘩になったりしましたが、その方のほうが上の方に取り入るのが上手で、私は結局その人とシフトが一緒になるのが嫌だったこともあり、退職を決意しました。

 

でも、その時には短時間のパートより、フルタイムで仕事した方が対応も信頼もされ、収入も増えていいのではないかと思い、いいと思った施設に面接に行き、採用が決まっていたので、やめると意思表示をして、すぐにやめれたのですが、ちょうどよかったなという記憶があります。

 

 

そこで務めたのは半年ほどでした。でも、早出をしてみたいというと、実際にそういうシフトに入れてもらえたので、いろいろ経験はさせてもらったのは本当に良かったです。

 

続きはまた。。。