ベランダで梅のソーダを飲み干せば季節は移る もうすぐ夏至だ
今年は初めて、梅シロップを作った。作ったと言っても、レシピサイトで見つけた「下処理をした梅を氷砂糖といっしょに炊飯器の保温で一晩寝かせる」という、なんとも簡単なものである。
そもそも梅には興味がない。私はシソアレルギーを持っていて、梅干しの色素付けに使われる赤じそは特にだめで、だいぶ遠い存在になっている。それがどうして梅シロップなどに手を出したのか。羽海野チカさんの漫画『3月のライオン』(白泉社)の中で出てきたのだ。いじめをうけて転校し、穏やかな環境で自分を取り戻そうとする少女が、仲間と作る梅シロップ。それは誰かを笑顔にするもの。そんなやさしいものに、いまの私は強烈に憧れた。
梅シロップはそこそこ好評で、母は炭酸で割って梅のソーダにして飲むのを好んでいる。私はフルーツビネガーを加えて、クエン酸摂取につとめている。クエン酸と糖質が取れるのは、このじめじめした季節には良いのだ。食事に関しては栄養バランスを考えたうえで、なるべく母が食べられる食べたいものを食べさせている。だが、根っからの偏食家の母の食事管理はかなりの神経を使わなければならなくて、サプリメントの導入をまだ受け入れてもらえず、日々、怒鳴りそうな精神をだましだまし過ごしている。
そんななかで受け入れられた梅シロップは、母の夏バテ予防に効果を現し始めている。ポカリスエットだけでは味に飽きが来てしまうので、ちょっと休憩をするときに梅のソーダ割りを出す。甘さと炭酸で、喉ごしを潤されれば、母の不機嫌も少しは治るのだ。誰に教えてもらったわけではないが、こうして自分の作ったもので癒されたり喜んでもらえる料理は、なんとなく好きだ。
明日から、母の治療方針が変わる。いままであてにしていた抗がん剤の点滴は、効果が早く出るものの、それ以上は見込めない。副作用ばかりが酷くなる。母も血小板の数値が低下し、免疫力は赤ん坊よりない状態にある。サンバリア100というメーカーの日傘を導入した。値ははるが、光アレルギーの人も使えるらしく、色素沈殿や副作用によって夏の日差しが辛くなる母には必要性があった。あまり家にこもりがちにならないように、新しい服を買いに行ったり、好きなハンドメイド作家さんの紫陽花のコサージュをプレゼントした。
これからどんな治療になるのかわからない。それは治療ではなく「延命」だと、何度も正さなければならない。半年前、母は終わりを迎えようとしていた。冬至の日、かぼちゃのそぼろ煮を病室に差し入れたのを覚えている。昼間が一番長い日に、その他大勢のがん患者と共に待ち合いのベンチに座り、ひんやりとした廊下を歩いて診察室へ向かう。未来なんてたいそうなものより、明日の夜、穏やかに眠れることを祈りたい。