「ジョニーは何かを待っている。」
ブースの向こう、厚いガラスを隔てた向こうから射抜く視線で睨む女がいる、美しい娘だ、明るく染めた金に近い髪は長く、前髪は切り揃えている。
彼女は細い腕の下で組み、真っ直ぐにこちらを見ている。鋭角的な肩から伸びる長い腕には無駄がない、そして華奢な脚は細身のデニムが痛々しいほどにフィットしていた、交差しているにも関わらず太腿には隙間がある。
どこかやさぐれた雰囲気である、チュッパチャプスをくわえたままだ、ブーツの踵でふくらはぎを掻いている。首を回し骨を鳴らしている。その仕草は戦闘前の準備にさえ見える。
男たちはガラス張りの内側、レコーディング室のなかにいた、実験動物さながら彼らは監視のなかにいる、それぞれが持つ楽器とプレイヤーたち、ガラスの向こうには美貌の辣腕マネージャー、まどか嬢がニラミを効かせている。
ヒラサワくんは冷静に状況を見ていた、年齢と積んだキャリア相応の理性を保っているのだ、しかし、不慣れな若者二名……ジョニーと天野くん(ジャック)は初のレコーディングということもあってか、苦戦を強いられている。
彼らはいま、初のオリジナルCD制作に向けて新たな地平を駆け出したばかりだ。駆け出した途端につまづき転んだ感もあるが、それでも前進は続けている。
「んー……。曲なんて作れるのかなぁ、俺たち」
「難しく考えなくていい、俺たちがやってきたことをカタチにしてやるんだ」
そうは言ったが、ヒラサワくん自身にも『やってきたこと』はまだクリアに見えていない。脳裏をかすめるのはまどか嬢のキックとかかと落とし、ドロップキック……その苛烈極まる罰を喰らい続けるフロントマンのジョニーばかりだ。
……よく平気でいられるなぁ、それが素直な気持ちだった。
そんな思いは露も知らず、ジョニーはいまだ名前さえ知らないコードを刻んでいる。
「ちょっとあんたたち、好きに弾いてるようにしか見えないけど、スコアとか書かないの?」
マイクを通じて容赦ない叱責が投げ込まれる。もっともだ、スタジオに入ってからすでに二時間が経つ。
「降りてくるのを待ってるんだ、きっとあと少しだよ」
ジョニーは言う。わがままが効くミュージシャンの言い訳のようだが、その真意は分からない。
「……降りてくる? そんなイタコみたいなこと言ってないでさっさと作りなさい」
「……イタコって……?」
「ジョニー、余計なこと言うな、まどかさんが怒る……」
天野くんが耳打ちする。
「そうか‼」
ジョニーは何かに気づいた、解き放たれた笑顔が眩しい。
「イタコ修行しよう‼ そうすれば降りてくるよ‼」
言い終わるのを待たず怒号が放たれる、
「バカどもっ‼ いい加減にしろっ‼」
その咆哮はスタジオ内を震撼させた、その日いちばんの轟音だった、まどか嬢の投げつけたチュッパチャプスは防音ガラスを貫通して、ジョニーの額で粉々になっていた。
「こいつ……不死身だな……」
ヒラサワくんが呟いた。
<ロックンロールはつづいてゆく……>
━━━━━━━━━━━━━━━
⇒前回まではこちら。
━━━━━━━━━━━━━━━
「小説〝DIRTY COLORS〟序」
⇒the sunshine underground(総集編)
⇒the sunshine underground/〝after life〟 総集編
performed by billy.