「嗤う悪党」
逃げるが勝ちってやつなんだ、それが信条ということにしてる、なぜならヒトは自分からは逃げられやしないが、それ以外のすべてから逃げることができるからさ。
いいかい、よく聞きな、脚ってのは追うためと逃げるためにあるもんなんだ。
初めての仕事は生まれ故郷の鉱山だった、足枷で繋がれた奴隷たちが自分のものにもならないダイヤのために休みすらなく働かされていた、たぶん、労働の原点にあるのは奴隷制度ってことだろう。
ガラスを代わりに置いてきてやった、背後からライフルと地を跳ねる弾が叫び声みたいに聞こえたよ、でも影を撃っても痛みなんてありゃしない、俺は風よりも速く走れるような気分だった、いや、あの瞬間、風そのものになれると知った、時間は跳躍できるんだ。
宝石に美術品、歴史的埋蔵物……なんだって良かった、手にした瞬間、俺はまた疾風になる、懐に忍ばせたナイフを使えばカマイタチにだってなる。
なにもかもを手に入れた、だけどたいしたものは何もなかった、ダイヤだろうが金塊だろうが、手にすると無駄に重いし、だいたい俺はそんなものに価値を認めない。単なる石ころと変わらない。
だが、そんなものでも売り飛ばすとカネになる、盗品故買者と手を組んだ、そしてこの世界の何もかもを手に入れた。
残念なのは何もかもを手にしたつもりで、欲しいものが最初からなかったことだった、きっと擦り切れちまったんだろう。
走る理由を失くしてしまってからと言うもの、日毎、俺の影は濃くなってゆく。夜の暗がりでさえ消えることがない。
悪党は夜に嗤う、それは影が消えてしまっている気分になるからなんだ。
今夜もきっと、悪党はその影と一緒に制度となかのヒトってヤツを嗤ってる。
野生に戻る瞬間にだけ、神の座をその目に捉えることができる。
たぶん、それは影を欺いているからだろう。
「逃げろ、運命論者をあざ嗤え」。
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「latest stars」
⇒アクアリウムの夢
⇒ジャックナイフとストリッパー 〝side jackknife〟
⇒ジャックナイフとストリッパー 〝side stripper〟
⇒月夜のベルリン、鐘が鳴る
⇒左利きのテディ
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あの夏、ぼくらは流れ星になにを願ったんだろう……
流星ツアー(表題作を含む短編小説集)
あの人への想いに綴るうた