ただいま、那須高原のペンション。



あー星が綺麗だ。
しかし驚くほど寒い。


今はベッドに横になってるけど
明日からは石巻に入って
寝袋で寝ることを考えると
恐ろしい。

手がかじかんで
携帯が上手く打てない。


東京と比べると
やっぱり空気も綺麗だな。

このペンションに来る途中
那須サファリの前を通って
テンションが上がる。
まだまだ頭は観光気分。


前回、石巻で活動してから
もう半年。

良い言い回しが思い付かないから
そのまま言うけど

楽しみだな。


どうなっているか想像しても
きりがないし
明日の午前中には
この目で見ることが出来る。




一度経験しているからか
那須高原に居るからなのか
やっぱりまだまだ観光気分。



短い期間だけど
活動して来ます。



そんな石巻でのブログ再開。

明日のためにおやすみなさい。










あーあ、まだまだ観光気分。


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ついに最終日。


午後には出る予定だったので

ガテン系の力仕事は無しで

朝からのお湯の配給のみでした。







・・・・・・・。


ここまで気持ちのありかたが
変わるものか。


こうやってブログを書いている僕は

もう家に居て、暖かい部屋の中。


もう石巻での活動は

言い方が正しいかは分からないが

思い出の様な。すごく前の事の様な。


夢だったんじゃないか。

そんな風に思える。


でも自分のブログを読み返したり

たくさんの方々からのコメントを読み返したり

写真を見直したりしていると

あぁ、、、、現実なんだな。

そこにいたんだな、僕は。って



だからこそ


だからこそ

残すんだ。







朝、起きて朝食を済ませ

門脇中学校へ


「今日で終わりか。自分がやれることできたのかな。」
「誰かの役に立てたのかな。」

とか思いつつ

頭のどこかで

「帰れる!彼女に会える!風呂に入れる!ストレスから解放される!」


なんてことも考えていた気がする。


お湯の配給は、

朝のピークを過ぎ、お湯を貰いに来る方も少なくなったので

子供たちの相手をしていた。


いつも通り無邪気にはしゃぐ子供たち


ぎゃーぎゃーわーわー

走り回る。





「おんぶー!」















まただ。

「おんぶーおんぶー。」

と駄々をこねる。


半ベソをかきながら。


さっきまでのテンションが嘘の様に。

曇る表情に

たまらず問いかけた。


「いつも寝てるとこに連れて行ってよ!」


なんでそんなこと言ったのかは

よく覚えていないが

その場の空気に耐えられなかったのだけは

覚えている。





初めて入る校舎の中。

土足でげた箱を通り過ぎることに
違和感を感じた。


当たり前のように土足で歩く被災者の方。

当たり前か。


でも、あまり綺麗とは言えない服装で
ましてや土足で歩く廊下。

あまり気持ちの良いことではなかった。


砂だらけの廊下を歩く
おじさん、子供、女の人。


すごく、不自然な光景だった。




そんな廊下を走る子供たち。




騒ぐ騒ぐ。階段を駆け上がる子供たち。





お弁当箱の石巻市での活動blog







たどり着いた先は

3-B教室。


一人、入っていく じゅんや。


後から付いていく、僕。


教室の中には

布団が二つ並べられていた。


その上で、座って話をしている














おじいさん、おばあさん。

、、、、、、、。




軽く会釈をして、教室を出た。


溢れそうになる涙を必死で抑えた。



悲しみより、怒りの感情の方が大きかった。



なんであんなに小さい子供が?


両親は?

どうするこれから?

誰に何を教えてもらう?



お父さんの大きな背中は?

お母さんの優しい手は?





僕はあの子のために
なにもしてあげられない。


避難所で生活する人が言っていた

夜になると泣き出す子供がいるらしい。

一人が泣き出すと、合唱のように

泣き出す子供たち。




夜になると思い出すのかな?


小さな子供たちは

なにを見て、なにを感じているの?


お父さんとお母さんがいなくなってしまった子どもたちは

夜、誰と寝ているの?

ねぇ、教えてよ。



こんな風に笑う子供たちは

なにを理解しているの?




お弁当箱の石巻市での活動blog




あぁ、苦しい。











続く。








昨日は色々なことが
頭の中を巡った。






石巻に来る前の自分が
どういう思考だったのか


どんな気持ちで石巻に来たのか


ここに集まったメンバーでも

そんな話はたまにする。



「なんでここに来たの?」


自分に問い掛ける。




結果、答えはない。



ボランティアの定義とはなにか?



誰かのため?
自分のため?



答えはない。




答えがないんじゃなくて

正解がないのか。




十人十色とかいう言葉があるけど


人間、それぞれ価値観に違いがあって


違う感性で感じたり、考えたり


だから人それぞれに

それぞれの答えがあって。






それが
正義の押し売りでも

自分の世界を広げるためでも

被災地を見たいだけでも

時間があるからでも

暇だからでも

なんとなくでも






それが誰かのためになっていれば

それが誰かを傷付けていなければ

復興のための歯車の1つになれていたならば


それが
ここにいる意味であったり

理由である。




ボランティア活動する人間の思考を度外視したとして



したとしても



それで助かる人もたくさんいる










んー
わからない。



体を動かしたいから
瓦礫撤去や、泥掃除



少しでも被災者の方のためにと
瓦礫撤去や、泥掃除







やっていることは
結局一緒。












でも人間、そんなバカじゃなくて

どんな気持ちで石巻に来た人も

どんな気持ちでボランティアを始めた人も

結局、行き着くところは

皆同じ



被災地を見て
感じる

被災者の方と話して
考える









誰かが言ってた
「与えるつもりで来たが
逆に与えられてしまった」



そんなことは
被災者の方にはどうでもいい話だが



人と人が繋がれば
なにかが起こる。





逆の立場だったら
自分ならどう考える?








今、僕が思っていること
東京に帰ったらどう変わる?



非日常な生活から

普通の生活へ。



待っている人がいる
帰る家がある




それを失ったら

なにを感じる?



それはまた
落ち着いたら
考えよう。





ーーーーーー









作業としては














毎日少しずつ片付いていく

続けることで

元に戻る。

いや、それ以上に。






《この悲しみや怒りを復興に。
港の人間は強いです。》



こんなに力強い。
こんなにもたくましい。



今、僕たちがしていることは
ほんの小さな一歩であって


被災者の方には
戦いであって

生活である。








避難所での生活も
他人との共同でもあり
それは
支えでもあり
ストレスにもなる









でも僕らの
お湯の配給に感謝してくれたり
暖かい言葉
気遣いの気持ち






なんのため?
理由なんてない

人が人に優しくする気持ち

ほんとの気持ちを

見ることができた。
感じることができた。






外部からの配給があったり






それに感謝する





なんだろう。


助けられて
感謝する。



この単純な
循環に
違和感を感じていた。



とても単純な思考の変化に
気が付いた。


たかが21の僕が言うのもおかしなことだが


少しだけ、ほんの少しだけ

人のこと
人間の本当の
強さや
優しさが
わかったような気がした。

























そんな僕も
今はもう新宿に向かうバスの中。





毎日、
お風呂に入れる
テレビも見れる
お洒落もできる
どこにだって行ける
誰とだって会える
なんだってできる。







あぁまた矛盾。

頭の中で
別々の思考がぶつかり合う。













今日のことは

また明日。


頭と胃がいたい。










結局、まとまらない。

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