自由とは | 1 2 2 5

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日常の些細なことから私事等

 

多分私の彼は自由に囚われている。幼い頃の抑圧か。未だに続いている密かな反抗期、反骨精神。

学校に行くのがすごく苦痛だったと言われた。大人数で決められた時間と行動を共にするのがとんでもなく苦痛だったみたいだ。それから車。標識やルールが多い車にもう乗りたくないと言っている。これはおそらくスケボーを始めたせい。スケボーは自由だから。

こういう話をするときに彼は人間の脳が制御されていくんじゃないかと言う。考えられなくなるということ。常識に囚われてそれが当たり前だと信じて疑わなくなること。それは確かにめちゃくちゃ怖い。

こういった人は多い。だってきっとそれが普通だから。普通とは多人数であること。普遍的であること。みんな同じことをしているということ。私はこの普通を押し付けてくる人間が嫌いだ。友達でも。「正社員じゃなきゃいけない」「みんな彼氏いるから私も欲しい」などと言われるとひどく萎える。お前の意思はどこ?これがまだアイデンティティの確立途中である10代の子に言われたらちゃんと返答するけど、同い年でそれは手遅れなんじゃないかと思ってしまう。むかつく。考えることをサボんなよってずっと思ってる。もちろん私に対しても。何も考えないってとても楽ちんなんだけどね。でもそれに自覚的であることとそうでないことはきっと全然違う。

 

 

 

今週は友達に対しての違和感を人に話してしまった。一時的なものだったから、話さなくてよかったのに。言葉の力は強いから、一度口に出した言葉は消せない、ってわかっているのに。上手に喋るのって難しい。

 

今週は友達と喧嘩した。喧嘩っていうのかな。向き合うこと。泣きそうで苦しくてたまらなかったけど、逃げなくてよかった。相手も言葉を尽くしてくれたから、ちゃんと話し合うことができた。「ときには斬り合おう、俺たちは戦士だから」と、そのあとにメッセージが届いた。私たちはちゃんと戦えてよかったね、だっていくら話しても相手がわかろうとしなかったり黙られたら成立しない。大切で信頼してる人とはちゃんと戦いたいけど、他の人に対しては諦めてしまうな。だって向き合うってめちゃくちゃしんどいから。疲れるし。好きでもないのにそんな労力を払いたくない。

 

はー、難しい。疲れた。自由、友達、勉強。生活。苛立ちに憤り。苦しいことばっかだよ。よく生きてるな。