神の声を聴き無限の創造力を形にしたアーキテクト ガウディ Part2  | naomi cafeにようこそ 目に見えない多次元のこと

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Antonio Gaudiy Cornet

 

〈生年月日〉1852年6月25日

〈職業〉建築家

〈出身〉スペイン、カタルーニャ

〈国籍〉スペイン

〈主な建築物〉サグラダファミリア

グエル公園、カサミラ など。

 

Part1はこちら

 

Stage number7】(活躍する舞台)

探求することに人生のほとんどの時間を費やし宗教建築という舞台に人生を捧げます。

 

【Challenge number 8】(課題)

とても内気で繊細な心の持ち主だったガウディ。自分を信頼し自分を認めることが大切だったのではと考えます。

 

【Nature number 6 】(素の自分)

調和のとれた愛溢れる人柄を持ち合わせているガウディの作品はどれもその人柄が表現されていると感じます。

 

【Action number 1】(行動パターン)

クリエーションが得意なガウディーはインスピレーションを受け取り創造を形にして行きます。

 

【Type Ⅱ】(その人物の持つ特質 個性)

 

★Creation 2  (想像する力)

感受性が高く美的センスが鋭い物がある2。

依頼された内容を確実にクリエイトして行きます。

 

★Growth 4  (魂の成長)

プロセスを重視するエネルギーを持つ4ですが、自分の目でサグラダファミリアの完成を確認できないと分かっていながらも壮大な計画を立てたのはまさにガウディの魂の成長を感じさせます。

 

★Maturity  3 (完成度)

自分の感情が集合意識の感情かわからなくなる。

 

★Lead 2 (リーダーシップ)

影にいながらも支えになり指導して行きます。

問題のある職人にも決して怒りではなく丁寧に接し教える真摯の姿勢を見せていました。

 

★Support 6 (サポートする力)

手を差し伸べることが救済とは限らないという人を助ける際の本質を見極めています。

 

★Make mode 1 (ムードメーカー)

ガウディの持ち前のオリジナリティーが起爆剤となり建築界のムードを一新させました。

 

★Body 6 (身体の持つ創造的バイブレーション)

全体的に整ったバランスがあるが時にそのバランスを完璧主義の上に崩してしまう。菜食主義だったガウディはそれが行き過ぎ激やせしてしまいます。

 

★Emotion 2 (情緒 感情の現れ)

疲れがたまりやすくなった時期には受け身になりやすく、ひきこもりがちになります。

 

★Inteligence 1 (知性)

目に見えないビジョンを知覚的にとらえることができます。又、抽象的な領域がガウディには鮮明に捉えられる才能があり、その能力を発揮して行きます。

 

【History とCycle】

0~34 歳

Cycle number   6  (学ぶべきテーマ)

理想だけを追い求めず理想だけを追い求めず、自分の内面と対話し、理想と現実を調和して行くことが試されます。

 

Pinnacle number  4  (どんな状況になるか)

コツコツと勤勉に励み、建築家としての基盤をつくる時期を過ごします。

Challenge  number  1  (課題、挑戦)

自分の中に溢れる創造性を発揮していく事に挑戦していきます。

 

1852年0 歳#20  五番目の子としてこの世に生を受ける

霊的な力が開花しやすいサイクルに生を受けています。

 

1857年5歳#25  小児性リウマチを患いひどい痛みに悩まされます。

 

1863年11歳#22  フランシスコ修道会の宗教学校に通い、勉強を始める。

 

そこでの学びが、彼の宗教心の原点だとされています。その宗教心が後の大作に、多大な影響を与えていくことを、この時のガウディはまだ知りません。

 

 

1868年16歳#27  建築家の勉強をするため、バルセロナへ移動します。

 

1873年21歳#14  バルセロナの建築専門学校に入学。さまざまな、建築現場でアルバイトをしながら学生生活を送ります。

 

1876年24歳#17  母と兄を同年に亡くす。

 

哀しみから神への怒りが生まれてしまいます。

この年、Cycle17を迎えますが、真の豊かさや、拡大してゆく可能性のあるcycleを迎えているだけに、ガウディにふりかかる現実が、痛々しく感じます。

 

1878年26歳#19  建築家アントニオガウディの誕生。成績不振と病弱の為、3年留年した末の卒業でした。

 

卒業式での校長先生の興味深いスピーチです。

 

゛今日卒業した者の中に類稀に見る才能を持つ者が居る。しかし、それが天才なのかキチガイなのかはまだわからない。゛

この頃から、ガウディの才能が見え隠れしていたと思うと、とてもワクワクします。

 

 

そして同年に、ガウディの後の施主となり親友となるエルセビオ、グエルと出会います。

 

このは19のcycleで、資格取得や独立するといったエネルギーを持つサイクルですので、ガウディに起こっている現実とサイクルのエネルギーが合致しています。

宇宙の流れの面白さを感じます。

 

 

 

1883年31歳#15  サグラダファミリア大聖堂の主任建築家に任命される。

 

同年、カサ、ビセンスの設計が始まります。

仕事としては、天才的な能力を発揮していく16のナンバー。ガウディのクリエイティビティを発揮する流れを迎えています。

 

 

 

 

 

 

 

1884年32歳#16  グエル別邸の設計が始まります。

ガウディのもつ7の性質を越えて、16のどこまでも高い理想を突き詰めていく流れがきています。

 

 

35~52歳

Cycle number 7

内気で孤独を感じやすいガウディは、自己信頼をし心を解放して行くことがテーマだったのではと考えます。

 

35~43歳

Pinnacle number 5-14

クリエイティブ能力が高まり、創造性をどんどん表現し、夢や希望を与えられる存在となります。

 

Challenge number 9

宗教建築に携わることにより精神性を深く理解する事で、自分を超えてゆく事の挑戦。

 

1887年35歳#19  アストルガ司教館の建設を依頼されグラウ司教との交流が始まる。

 

 

 

1888年36歳#20  サグラダファミリアの財政状況の悪化。建設中断の危機。

 

1893年41歳#16  バルセロナのリセオ劇場でアナーキストによる爆弾テロが起きる。

 

1894年42歳#17  四旬節に過酷な断食を敢行する。命を落としかけるガウディを救ったのは友人のバジャス神父だった。

 

17の過度の不安や恐れ、焦りといったものが顕著に出てしまい、行くところまで行ってしまうガウディ。思い込みを外していく事は大きな課題となりました。

 

 

44~55歳

Pinnacle number 9

カリスマ性を見事に発揮して行く時期。

 

Challenge number 8

他者の意見に耳を傾け感謝や謙虚さへ意識を向けることが課題。

 

1900年48歳#14  カザ、カルベットでバルセロナ第一回年間建築賞を受賞

(※同年、同時に6件の建築物の設計を開始する。グエル公園はその中の一件にあたる。)

 

 

この年のサイクルは14で、能力開花、クリエイティブ、アイディアの閃きが高まっているサイクルを迎えています。

その能力を活かし、波を上手く乗りこなしていきます。

 

1903年51歳#17  サグラダファミリアの再建状況が再び悪化する。また建設中断の危機に陥る

 

17のナンバーが来るタイミングで、マイナスな事がガウディに降り掛かっている印象を受けますが、自己信頼をし自分を信じる事を促されているように感じます。

 

 

1904年52歳#18  カサ、バリョの着工。

 

 

ガウディ建築の傑作とも言われているカサバリョ。ガウディのもっている潜在的な能力を引き出すサイクルを迎えています。、感覚的に鋭い感性がカサバリョの建築デザインに表れています。

 

 

画像はこちらからお借りしました。

 

53歳~

Cycle number   7-16

本当の自分に目覚めて限界を超えていくこと、そして心を解放してゆくことは生涯を閉じるまでガウディにとって大きなテーマだったと言えます。

 

Pinnacle number  4-13

物事を着実に実現化して行きます。サグラダファミリア大聖堂やその他の建築物もガウディの努力により目に見える形として残り続けることになります。

 

Challenge number  1

インスピレーションを受け取りガウディの持つオリジナル性あふれた創造性を発揮することに挑戦し続ける人生だったと言えます。

 

1906年54歳#20  カサ、ミラの着工

 

カサミラは直線を全く使わない建造物で、現代の建築様式とは、隔絶した建築物となっており

Cycle20でガウディとしては新しいフェーズに入った建築物と言えます。

 

 

 

 

 

1908年56歳#22  コロニ、グエル教会の着工

 

内部空間も礼拝堂外部も素晴らしい建築クオリティーを誇ります。Cycle22を迎え霊的な感性を兼ね備え、更なる挑戦に挑んだと思えるガウディの紛れもない本物の作品です。

 

 

 

 

 

1910年58#15 パリでガウディ展が開催される。

 

自身の建築に注いできた信念を貫いたからこそ催されたガウディ展。

15のcycleに迎えた事は、成功を手にした事のように思えます。

 

1912年 60#17  この頃からサグラダファミリア大聖堂に傾注する。

 

1918年66#23   ガウディの友人、後援者つエウゼビオ、グエル没す。

 

1925年73#21 サグラダファミリア大聖堂に移り住む。

 

Cycle21で、制限を超え無限の可能性とチャレンジするサイクルを迎えています。

 

この頃には、家族や人生を支えてくれた友人も亡くし、1人孤独のガウディ。

その闇と、サグラダファミリアに捧げる情熱の光が、同時にガウディの中に存在します。

 

「家族もクライアントも財産も何もありません。今は教会に完全に身を捧げることができます」

 

ガウディの残した言葉には、その心情が示されています。

 

1926年73#21  6月7日教会のミサに向かう途中で自然にはねられ重体となり、6月10日に死亡。(73歳11ヶ月半)

サグラダファミリアの地下礼拝堂に、埋葬されています。

 

1926年6月7日、ガウディは毎日の祈りと告白のためにサン・フェリップ・ネリ教会に向かって歩いていました。ジローナ通りとバイレン通りの間のカタルーニャ通りを歩いていた時、通り過ぎた30番の路面電車にはねられて意識を失います。

 

身分証明書の欠如とみすぼらしい服のために物乞いであるとみなされ、意識不明のガウディは周囲からすぐに救助を受けられませんでした。最終的には、いくつかの通行人が、サンタ・クレウ病院にタクシーで彼を輸送して初歩的なケアを受けました。

 

サグラダ・ファミリアの司祭だったモーセン・ギルパレスが、翌日にガウディの状況を認識したときには、あまりに深刻な悪化していたため、延命治療を受けることができず、命を落としてしまいます。

 

21とゆう、制限を越えてゆくサイクルに、ガウディの魂は、死とゆう形で生きるとゆう3次元的な制限を取り払う選択をしたのでしょうか。

直ぐに救済処置が施されていたらと思うと悔やむ気持ちが残ります。

 

その後多くの群衆が別れを告げにサグラダファミリア地下聖堂に集まりました。

 

 

 

ガウディの数々の作品に触れる事で、感動を貰い、感銘を受ける事はもちろんですが、ガウディの中にどれだけの熱量があるのだろうと圧倒される感覚を覚えます。洗練されたハイセンスなデザインを生み出すガウディに興味を持ち、数秘術の観点から、私なりに読み解いたガウディの人生は、ガウディの持っているナンバーと綺麗にリンクしていました。

ガウディが天才だと後世にも言い伝えられるのは、コアのそれぞれのナンバーのプラスの特性を見事に活かし、天職である建築デザインに全てを投資しての結果だと納得がいきます。

私自身、自分の事を深く知りたくて数秘術を学ぶ事を決めましたが、ガウディを読み解きながら、ガウディは自身の事を分析し、特性を理解していたのではないかと感ました。


自身の事を、深く洞察する努力をする事。


まずその作業が、自分の中にある能力に気づく第1歩だとゆうことを、数秘術を通しガウディから学びました。

 

 

そして、自分を理解する事は、自分らしく生きる事に繋がり、自然な流れで今を生きる事が出来る。そう感じました。 


姿勢を正され、気持ちが凜とします。


数秘術からガウディを読み解くにあたり、生きる本質を自分なりに少し感じ取れた気がしています。お読み頂きありがとうございました。

 

 

Reported by Aya Ito 


 マクラメアーティスト   Earthcore