第三章
武は左車線の真ん中、僕はややセンター寄りを走る。
武のバイク、こんなに速かったかと思う位並走している。
視界は速度に呼応してだんだん狭まり、ピントは数百メートル先の直径1mくらいにしかあっていなく後は景色が流れて見える。
この日、この峠の最速を叩き出しながらトンネル出口の左コーナーに向かう。コーナーの右側壁がトンネルを塞ぐ壁に見える。
フル加速で均衡並走して走っている状況から先頭に立つ手段は一つだけ。
簡単な事である。
何もしない。
現状を維持。
つまり減速しない。
相手がブレーキを握り込んで減速するまで。
相手が減速すれば自分が前に出る形となる。
トンネルに入り並走状態になった時から決めていた。
武がブレーキングするまではブレーキを握らない。
トンネルも中盤から下りになり終盤にさしかかろうとしている。
武はまだブレーキを握らない。
焦る。
ひょっとして武も同じことを考えていたら。
体が硬直し、お湯が沸ききった様なグラグラ感に襲われながらそれでもスロットルを緩めない。
武はまだブレーキを握らない。
もう無理だ!と思って上半身を起こし、ブレーキを握ろうとした瞬間、彼が先にブレーキをかけパラシュートを開いたかのように後方に下がる。彼はフルブレーキングである。ほぼ同時に見えたが若干僕の方が遅くブレーキをかけた分、僕が先頭に。
エンジンブレーキも最大限に効かせながら6速から5速、4速へと。
重力の変化で自分の下腹部、内臓がタンクに押し付けられながらもお尻を左にずらし、ハングオンの体制をとる。
メーターに目を配る間など無いが、3桁を切るか切らないがだと思う。
トンネルの出口の左コーナーは少し下りで、反対車線の向こうの路肩には側溝がありそして山。山の側面をコンクリートブロックで覆っているのですがこのスピードだと、左コーナーと言うより単に壁が迫って来るようだ。
見てはダメだ。この壁を。
コーナーの出口を探しその先を見る。再び上半身を左に寝かし、左膝を立て4速をキープする。
トンネルから出た。
トンネル内の生暖かい空気と音の反響から解放されリアリティが襲う。
「あれ?こんなスピードで突っ込んだ事がないぞ。」
そう思った途端、左に傾けていたバイクが起き上がった。
そう、トンネル出口などによくある変則的な強風に煽られてしまったのである。
「あっ!」
気付けば反対車線を超えまだ勢いよく直進しようとしている。
不思議である。
まず頭に浮かんだのは父親。
「怒られる。」
そしてよく言うセリフ
走馬灯のように と言う言葉。
音が消え、今までの事が思い出される。
初めてバイクに跨った時、
教習所での光景、
このバイクにパーツを取り付けたりいじってる光景。
目の前のブロック塀もよく見えている。ブロックとブロックの間から生えている雑草や苔。シミや「検」と書かれたブロックなど。
しかし全てが白黒。
そして無音のまま。
「夢や。これは夢や!」
恐怖した。
「音」が返って来る事に。
「音」が返って来た時、全てが現実であり自分はどうなってしまうのだろうか。。。
「ターニング 」第4章へ続く。。