第十六回文学フリマin大阪を過ぎても [上] | 山本清風のリハビログ
 午前五時三十三分、山本清風(文学結社猫)の大阪文学フリマは淡路島地震で幕をあけた。携帯電話がぷいぷいと鳴いて、耳なれてしまったその警戒音がどうして大阪の安宿で鳴っているのか、理解できぬままにひとり寝の床は揺れていた。

 その五時間後彼は難波のサンマルクカフェで小説を執筆しており、薄暗い喫煙席で超文あわせの新作を書いている。と、その静謐と焦燥とをいつかの未来にふと追憶するだろうと考えた。とるに足らぬ場面がふと思いだされる、それを旅情と呼んでみたいのだった。そのさらに一時間後、彼はなんばウォークを疾駆していた。(矛盾形容)

「昼はカレーにしましょう」
「ええー? 大阪まできてカレー!?」
 佐藤(佐藤)渋澤怜(@RayShibusawa)がユニゾンで彼を却下した。
「織田作の自由軒ですよ?」
「なにそれ知らん」

 山本清風はいい小説を書くのと織田作之助を知っているのは無関係なのだと知った。そこで彼はいったことがなかったけれども、大阪といえば、というほどに有名な串かつ『だるま』に案内してふたりの反応は上々であった。ふたりが大阪に望んでいるのは織田作ではない、そのことをいまいちまだ理解していなかった彼は法善寺の水掛不動や夫婦善哉にふたりを案内しては、またぞろ空気をおかしくするのである。



 ひっかけ橋まできたとき、ふいに佐藤がボルボックスついて非常におもしろい話をした。内容は記さないが理系ではないふたりはしきりに感心して、ふとみると、橋の欄干にしなだれて牟礼鯨(西瓜鯨油社)がいた。かわいそうに彼はすっかり腹をくだしていて、昨晩食した焼肉に不備があったところへ長距離バスを喰らったのだという。

『寝れないんだよ』山本清風はしなびた彼の表情に、なぜか郷里北海道を思いだすのだった。

「鯨さんはお昼なに食べたんですか」
「なんば自由軒」

 ちくちくと千日前商店街を南下して、彼らは勇者不在の四人パーティだった。しきりに渋澤が「めいれいさせろ」を唱えるのだが、みな黙殺していた。田舎者の山本清風が往来の邪魔になる位置に必ずたちどまる、都会育ちの彼女にはそれが許せなかったのだ。しかし多くの女性がそうであることを彼は経験則から知っていた。

 でんでんタウンへ抜けると誰ともなし「メイド喫茶に入ろう」という話になった。カフェーやガールズバーに比して安価である、のみならず一同は長距離移動に疲弊していた。坐りたかった。幾度となくキャッチの眼前を通過して集めたチラシから、〝メイド×喫茶店×妹〟という方程式に可能性をみいだした。そうと決まれば早速に牟礼がキャッチへと襲いかかる。

 果たして少女たちは牟礼鯨をアジア系外国人観光客と認識してしまった。文学的存在の範疇に収まらない演技力、のみならず大阪にはアジア系外国人観光客が阿房ほどいた、感覚の麻痺した彼女たちには無理からぬことである。「スシ・ゲイシャ・イーヴァンゲリウォン、イェーイ!」にぎにぎしい彼らに残る三人が追随した。

 妹系メイド喫茶の顛末は割愛する。しかし文学的瞬間がいくつかあって、そうでない瞬間には山本清風がメイドに写真撮影を断られていた。



 店内にはでんぱ組.incが流れて、三時間後彼らは熱せられた鉄板を囲んでいた。お好み焼きの『ぼてぢゅう』本店である。佐藤からやはりふいにネット黎明期のエピソードと腹痛とを吐露されて、感心と心配とが相殺された山本清風は少しく混乱した。しかし牟礼が電子書籍についてのレクチャーをし、渋澤が船をこぎ始めたので却って彼は、目が冴えた。

 吹き抜けには吹上がのぞき、そこを中心にくるぐると上昇するスロープをあがると廊下は傾斜していた。山本清風にとり味園ビルはききしにまさる施設であった。もしも商業利用できなくなればこれは垂涎の廃墟であり、商業利用している現在にしても東京のレトロ物件とは異なるバブルを思わせて、まさしく魔窟に思われた。

 牟礼鯨が導くは『デジタルカフェスクリプト』、ここで彼らは殴られる手筈となっていた。とにかく〝佐藤が殴られる〟ということだけは決まっていたが、先方は佐藤を認識していない。そのため牟礼が影武者を名のりでたが牟礼の面は先方に割れている。となればこれは、渋澤が佐藤を名のる以外にない。

 地べたに坐って四人しばし虚脱していたが、ふいに扉が開いて身がまえる。だがそこにたっていたのは文学結社猫の表紙絵を二回手がけた西本愛(BOM)で、店内は再びやわらかなムードに包まれる。猫のするジャブのような牽制をしながら今度こそ、と扉が開いて緊張の走る四人と事情のわからぬひとりのまえに雀躍と登場したのは、その手に赤子を抱えた高村暦(rg/他多数)だった。

 彼女もまたパーティを組んで冒険を続けているのだろう。一瞬間だけふたつの作家パーティが擦過しては、離れていった。去りぎわ彼女が牟礼鯨に耳うちしたのはきっと「認知」の二文字に違いなかった。そして三度、扉が開く。そこに転がりこんできたのは卒塔婆貴族、鈴木真吾(C-ROCK WORK/学習院表文研)であった。

 闘争の首謀者は事前にひろく「武装決起せよ」呼びかけていた。しかし現れた鈴木は普段装備している卒塔婆がなく、和装も解除して丸腰だった。ということは味方なのか? ipodのみに装甲された彼は同士である伊織(兎角毒苺團)と合流し、『秘密倶楽部アニマアニムス』へ赴くまでの間、勇者不在四人パーティの戦いを観戦しにきたのだった。



 そんな様子であったから、酒が入ったこともあり四人はいつしか緊張感を失っていった。シェフ貴族として高名なクロフネ三世(男一匹元気が出るディスコ)の襲来、あるいは文学フリマ大阪事務局代表の上住断靭(かげわに)と運営委員会の面々、そしてあろうことか望月代表が来店してもうすらぼんやりとして、あまづめなんぞを剥いでいた。

 いつのまにやら闘争の首謀者、森井聖大(何故?)とそのパーティが店内に潜入していたというのに、こんなことでいいのだろうか? 牟礼鯨が一騎当千とばかりひとりでたち向かっていったため、残る三人はめいめい飲料を舐めるなどしていた。鈴木が筋少を好きな山本清風に「ストロベリーソングオーケストラ」を教えてあげたり、やはり鈴木と渋澤が「新宿ゲバルト」の話題で盛りあがったりした。文学を、語らなくてもよいのだろうか?



 千坂恭二をむかえ行われた「芸術と政治を語りあう会」のトークイベントを抜けた名が体をあらわしている久保田輝(分離派)が乱入し、急速に場は対話を求められてゆく。腹痛の臨界点を超えていた佐藤、睡魔の臨界点を超えていた渋澤、締切の臨界点を超えていた西本らはそこで分離派から分離して、帰ることにした。

 腹痛に耐えて場を共有した佐藤、アウェイにも関わらず今週末の『夜ふかし市』の告知を忘れなかった西本、いずれも立派であった。この時点で山本清風は最初の不義理をしている。装丁をしてもらった西本になんの礼も告げられぬままにその背中を見送ると、彼は牟礼・鈴木とともに久保田に導かれて二次会の続けられていた『TORARY NAND』へと山本桜子(我々団・メインストリーム)を見学にいってしまった。赤ら顔で。



以下、次回。