第9348回「北村薫のミステリー館 その17、滝 奥泉光著 ストーリー、ネタバレ」 | 新稀少堂日記

第9348回「北村薫のミステリー館 その17、滝 奥泉光著 ストーリー、ネタバレ」

 第9348回は、「北村薫のミステリー館 その17、滝 奥泉光著 ストーリー、ネタバレ」です。 「北村薫のミステリー館」(全18編)も、本作を含めあと2編を残すのみとなりました。


 このアンソロジーをブログに取り上げました最大の理由は、この「滝」が収録されていたからです。高橋和巳の「邪宗門」に通ずる人間ドラマが120ページにわたって展開されます。ある意味、著者は違えど、「邪宗門」の外伝とも言うべき中編です。


 ストーリーの紹介にあたりましては、便宜上、「第○日」と表示させていただきます。


「その17、滝」奥泉光著

 『 最初の誓約(うけい)は凶と出て、少年たちは尾根を下った。 』(冒頭の一文)、ある教派神道の若者組(中学生、高校生)では、お山での「清浄行」が義務付けられています。剣道大会を終えた少年たちは、一班五名編成で十二の班に分けられ、教団が定めた七つの峰を踏破する必要があります。


 峰に祀られた祠には、御神籤(おみくじ)とも言うべき箱から吉凶を占い、白札が出れば次の峰へ、黒札が出れば滝での修業が課されることになっています。黒を引くことは汚れがある証拠と見做され、滝で清める必要があると考えられていたからです。この神の声を聞くことを、教団員は「誓約(うけい)」と呼び習わしていました。


 この物語に登場する班は、勲をリーダーとして四人の者が随行しています。ここでメンバーを紹介しておきます。

① 片桐勲(18歳)・・・・ 教祖の孫にあたり、清浄な雰囲気を漂わせている少年です。若くして見るものを魅了するカリスマ性を備えた不思議な少年です。「まぶしい」存在、それが青少年たち共通の想いです。

② 裕矢・・・・ 勲を尊敬する一途な少年です。家族ぐるみの信徒であり、兄の達彦は「清浄行」では監視役を担当しています。この物語は、この少年の視点・主観で進行します。

③ 黒須・・・・ 直情径行タイプの少年です。体力的には十分清浄行を乗り切れるだけのものはあるのですが、時にキレる普通の少年です。

④ 松尾・・・・ 教団員ではありませんが、教団を支援する政治家の息子であったことから、父親の願いによって、「特例」として参加したという経緯があります。勲に似ているため、勲とは異母兄弟ではないかとの噂もあります。雑学に秀でた少年です。

⑤ 太郎・・・・ 体力的にも精神的にも、弱さを隠し切れない少年です。この班の最大の弱点になりかねない存在ですが、ムードメーカー的な雰囲気を持っています。


 身なりは行者姿の白衣、食料は三泊程度を想定し各自が分担して背負っています。もちろん、予備の食糧もあり、黒札を引き続けなければ、中学生と言えども十分に踏破できる山岳行です。


 万一の場合に備えて、緊急救助要請用の黄色い発煙筒、急病時の医薬品なども所持していますし、監視班が二名一組で随所に目につかない形で、配置されています。


『清浄行 第一日』

 出発早々、第一の峰で黒を引いてしまいました。勲(①)の簡潔な指示で、全員山を下り、滝場に向かい、流水に打たれます・・・・。そして、ふたたび尾根まで引き返し、第二の峰に向かいます。ここでの誓約も黒と出ました。付近で野宿することにします。勲の指示で、全員が夕食の支度をします。


 その夜、裕矢は星を見つめながら、仲間たちに想いを馳せます、特に勲に対して・・・・。一方、監視役の達彦はパートナーの河合に御神籤のからくりについて語っていました。「第一の峰、第二の峰ともすべて黒を入れておいた。第三峰も黒にするつもりだ。それが将来教団を背負って立つ勲を強くするはずだ」


 清浄行では暗黙の了解の下、意図的に黒白が操作されていたのです。


『清浄行 第二日』

 早朝、少年たちは素早く野営地の撤収作業を進めます。第二の滝には先客がいました。勲たちの白衣を見た青年たちは挑発してきます。これ見よがしに教団が神聖視するヘビを殺そうとします。勲は静かに挑発を受け入れ、ひとりふたりと倒します。トラブルはそこまででした。


 予定どおり、作法に従い、滝行を行います。そして、尾根に戻った一行は昼食を取ります。午後、三番の峰に向かいます。誓約(うけい)の結果はまたしても黒でした。勲は顔色ひとつ変えませんでしたが、他の少年たちは複雑な表情を浮かべます。


 その頃、達彦は第四峰の御神籤を操作していました。箱だけでなくメモを置いたのです。「吉は左端にあり」と・・・・。達彦の考えでは、他の少年たちのことを考えれば、勲は白を選ぶべきだとの考えから出たものでした。指導者には、「清濁あわせ飲む」度量も必要だと・・・・。ですが、この達彦の小細工が如何なる結果をもたらすかについては、当の達彦にすら分かっていませんでした。


 参の滝の修行を終え、滝近くに野営地を設営した後に、太郎(⑤)の体調が急変します。発熱を訴えたのです。それでも強がる太郎の面倒を見たのが、これまでも太郎のことを気遣っていた松尾(④)でした。勲は何も語らず、太郎の容体を観察します・・・・。


 黒須を含めて、少年たちに様々な想いが去来します。


『清浄行 第三日』

 幸い、太郎の熱は下がっていました。「太郎は私が背負って歩く、三人には太郎の荷物を分担して背負うように」、霧の中を五人は進みます。先頭は裕矢でした、一度道にはぐれましたが、やがて勲たちが追いついてきました。そして、第四の峰、御神籤の箱の下には、何かが書かれたメモが置かれていました。


 裕矢たちが見つめる中、勲はしばし動こうとはしません。そして、選んだ誓約の結果を伝えます。「黒だ」、これで四回連続、黒を引いたたことになります。もはや裕矢を含め、落胆の色は隠せませんでした。ですが、勲は粛々と次の行動を指示します・・・・。


 昼食時にそのことは露骨な形で現れました。黒須は不貞腐れて動こうとしませんでした。裕矢としても、日頃の冷静さが欠け、仲間への不満が鬱勃と高まっていくのが感じられます。ただ、松尾は太郎の面倒をかいがいしく見ていますし、作業も積極的に行っています。


 第四の滝の修行を終え、一行は第五の峰に向かいます。しかし、たどりついた一行に、もはや覇気はありませんでした。勲を除きだらしなく、大の字に倒れ込みます。裕矢は出口の見えない清浄行に絶望していました。


 一方、望遠鏡で常に監視していた達彦には、勲の選択が嫌でも目につきました。第五の御神籤の下にもメモが置かれていました。勲は何も見ずに御神籤を引きます。やはり黒でした・・・・。第五の滝の清祓(きよはらえ)は翌日に回し、野営することにします。


 ここで、太郎が「すべてぼくの責任なんだ。怖くって、ヘビを殺したんだ」と口走ったのです。そして、さらなる暴露までします。その近くで達彦と松尾が愛し合っていたことを・・・・。もはや、勲の指導力をもってしても収集できる状況ではなくなっていました。


 これまで覇気をなくし沈黙を守っていた黒須が激しく松尾を殴り始めたのです。何度も何度も・・・・、それに対し、勲は一切口出ししませんでした。


『清浄行 第四日』

 第五の滝での修業が始まります。凄い水量で勲を打ちます。続いて裕矢も、不貞腐れた黒須も済ませます。脅える太郎を、勲はやさしく、しかも毅然として、結跏趺坐の姿勢を取らせます。「気を使え、気を使うんだ」、太郎は滝行に耐えます。


 ここで、勲の指示にキレたのが、松尾でした。「俺は絶対やらない」と言い出したのです。以下、結末まで書きますので、ネタバレになります。


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 「おまえが何をやったかは今は問わない、まず清めを受けろ」と言い募る黒須に、松尾はこんな馬鹿なことは嫌だと答えます・・・・。勲の結論は、第六の滝はここから至近だから、清めは第六峰の結果を待たずに、第六の滝で果たそうというものでした。


 しかし、誓約(うけい)の結果を見る必要はあります。そのため、単身で裕矢を向かわせることにしました。第六の峰での御神籤の結果は「白」でした。ですが、その結果にもはや安堵感はありませんでした。裕矢にとっては、すべてが壊れていくように感じられるばかりです。ですが、最後まで仲間と行動をともにすべく、裕矢は第六の滝に向かいます。


 その頃、任務を終えた達彦は山を下っていました、勲への複雑な思いを胸に・・・・、そして、自分の取った行動は一体なんだったんだろうか、と胸に噛みしめます。その途中、多数の蜻蛉(かげろう)を見かけました。やがて凄まじい群れとなって里へと押し寄せる蜻蛉の群れを・・・・。


 裕矢が第六の滝に行くと、小屋の中にいたのは、ぐったりした黒須と太郎だけでした。松尾の姿は消えていました。太郎の容体は裕矢の目から見ましても、一時の猶予もないように思えます。やがて松尾が戻り、日が暮れてから勲も戻ってきました。勲の髪には白いものが目立ちます。


 深夜、目覚めた裕矢は、裸で滝に打たれる勲を目にします。行を終えた勲は、裕矢に寝ろと言います。自分はこれから第七の峰に行くと言い残して立ち去ります・・・・。


『清浄行 第五日』

 翌朝目覚めた裕矢は、松尾と黒須が眠っているのを目にします。そして、太郎の容態がますます悪化していることに気づきます。勲がいない今、ついに黄色い発煙筒をたく時が来たのです。発煙筒をたくと、裕矢は第七の峰に向かいます。


 峰の祠には誰もいませんでした。黒い紙垂(しで)が残されていました。そして、「左端に黒あり、気をつけろ 河合」というメモも・・・・。崖の下には、勲だと思われる白い行者姿の男が倒れていました。そして、滝の水は枯れていました。(完)


(追記) 「北村薫のミステリー館」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"北村薫の"と御入力ください("の"まで入力してください)。