第9351回「朝松健編 神秘界 その4、逆しまの王国 松尾未来著 ストーリー、ネタバレ」 | 新稀少堂日記

第9351回「朝松健編 神秘界 その4、逆しまの王国 松尾未来著 ストーリー、ネタバレ」

 第9351回は、「朝松健編 神秘界 その4、逆しまの王国 松尾未来著 ストーリー、ネタバレ」です。60ページほどの短編、時代を異とするふたりの女性を主人公に据えています。その名は、いずれもミズキ・・・・。交互にふたりのミズキの物語が進みますが、やがて真実に向かって収斂していきます。


「その4、逆しまの王国」松尾未来著

『台風に翻弄された女、ミズキ』

 ミズキという女性の一人称"わたし"で物語が語られます。


 伊勢湾台風(1959年)以来の超大型台風が室戸から上陸し、東海地方に甚大な被害をもたらしました。当時、電話が家にあった家庭は少なかったものですから、夫からの電話をミズキに取り次いでくれたのは大家のオバサンでした。


 用件は、田舎で地滑り(山津波)が起きたから、至急サイコ(富士五湖の西湖)のオニハマ(鬼浜)に来いと言うものでした。ここで、ミズキの記憶が混濁します。夫には故郷がないと記憶していたからです。それでも、河口湖行きの終電に乗り、現地に向かいます。


 終点に着くと、目が離れ魚のような異臭を放つ駅員に押し出されるようにして、改札口を出ました。そこに待っていたのが、夫の村の男たち三人でした。しかし、「着いて行ってはならない」と心の中でささやく声が聞こえます。迎えに来ていた男たちも駅員と同じく異臭が漂っていたからです・・・・。


 車中で、タゴという男は、村は壊滅したから、これから移住地に向かうと言います。残りのふたりの男は、時に獣のような異様な音を発していました。そして、着いた先の西湖で、ミズキは水の中に落とされました。意識が薄れていきます・・・・。


『孤児、瑞希の半生』

 携帯電話が普及していますので、2000年頃の出来事かと思われます。瑞希は捨て子でしたが、ある夫婦に拾われ育てられました。養母は決して悪い人ではなかったのですが、養父の性的虐待によって、瑞希はこの家を出て行かなければならない破目になりました。


 ですが、幸いなことにスナックでの仕事が見つかり、何とか暮しています。そんな瑞希が、馴染み客の達川に誘われ、富士五湖をドライブすることになりました。そして、日が暮れ、民宿に泊まろうという話になりました。瑞希には、達彦の思惑は分かっていると思っていたのですが・・・・。


 この間、富士五湖の地下水脈などの話題がふたりの間で交わされています。さらに、コウモリ穴の関係から、台風被害によって鬼浜地区の住民が移住したことも、達川の口から語られています。民宿の食事はそこそこのものでした。意外だったのは、宿泊費を前払いした達川が瑞希を外に連れ出したことでした。


 「どこへ?」と瑞希に訊かれた達川は、「きみの故郷さ」とだけ答えます。そして、「みんなが待っている」と瑞希を促します・・・・。以下、結末まで書きますので、ネタバレになります。


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『水中に棲む異形のもの(インスマウス)とミズキなる女性』

 湖底で目覚めたミズキは全裸でした、そして、異形のものの触手が下腹部に伸びてきます・・・・。焼けつくような痛みのためにふたたび気を失いました。そして、再度目覚めた時には、湖底の洞窟にいました。赤黒い炎が燃え盛り、周辺には奇怪な存在が蠢(うごめ)いていました。


 そして、ミズキは一瞬にしてすべてを理解します。異形の存在を増殖させるための女性、それは時代は変われど常にミズキと呼ばれていたことを・・・・。


 西湖から戻ってきたミズキは女児を生み落としました。しかし、死産だったのです。亡き赤ちゃんの姿を一目見たいという願いは、奇形児だったと言うことで拒否されました。ミズキは夫と共にいったん自宅に戻ります。その時でした、空家となっている隣家から赤ちゃんの声が聞こえてきたのは・・・・。


 その赤ちゃんは捨て子でした、警察に届け出た後、夫婦の子どもとして育てることにしました、瑞希という名前をつけて・・・・。ですが、年老い今では老人養護施設に入居しているミズキはふと思います。瑞希はいったい誰の子どもだったのか・・・・、そして、今、瑞希はどこにいるのか・・・・。


(蛇足) 意図的に、ミズキの記憶には矛盾があるように描かれています。そのことが逆に興味をそそるという、面白い手法になっています。


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