第9353回「朝松健編 神秘界 その5、苦思楽西遊傳 立原透耶著 ストーリー、ネタバレ」 | 新稀少堂日記

第9353回「朝松健編 神秘界 その5、苦思楽西遊傳 立原透耶著 ストーリー、ネタバレ」

 第9353回は、「朝松健編 神秘界 その5、苦思楽(クスルウー)西遊傳 立原透耶著 ストーリー、ネタバレ」です。「西遊記」にクトゥルフ神話を加味したような小説です。長編向きの素材なのですが、パイロット的に60ページほどの連作短編にしたようです。三蔵お供の3妖怪に一話ずつ割り振っています。


「その5、苦思楽(クスルウー)西遊傳」立原透耶著

『第一話 孫悟空の述懐』

 孫悟空の一人称"俺"で物語が語られます。


 巨山に封印された悟空の前に現れたのが三蔵法師でした。「おまえを閉じ込めた無名都市の奴らに復讐したいとは思わぬか。わたしは、奴らを封印することが最終目的だ」、三蔵の申し出を悟空は受け入れます。願ってもないことだったからです・・・・。


 無名都市とは、四海(せかい)を支配する水棲生物が構築した世界です。通常の交通手段をもってしてはたどり着けません。その無名都市があると言われているのが、天竺だったのです。そして、無名都市の文化を持ち帰ることも目的のひとつになっていました。




 かくして、玄奘三蔵と悟空の旅が始まります。ある村での出来事です。家人が出してくれたのが「人参果」でした。赤ちゃんのような形をした果物でした。なぜ召しあがらぬのかと悟空に尋ねられ、三蔵法師は答えます。「これは果実に見えて、実は人間の赤ちゃんなのだ、喰ってはならぬ」


 村人たちは、湖底に巣食う苦思楽(クスルウー、クトゥルフ)の部下たちによって喰いつくされていたのです。しかし、人参果にした人肉にさほどの効能はありませんでした。さらなるパワーを得るために三蔵に喰わせ、パワーアップした三蔵を喰って無限の力を得ようと考えていたのです(オリジナル「西遊記」にもこのエピソードは登場します、写真は「知りたい!中国!」から引用)。


 しかし、三蔵と悟空が入った小屋の外には、奴らが迫っていました。悟空は三蔵を抱きあげ逃げ出します。しかし、一瞬の隙を突かれ奴らの爪によって掻っ切られていました、その爪には毒が塗りつけられていました。その毒は悟空の体を蝕みます。そして、ついに追いつめられます。その時でした、「またがれ!」、上空から悟空とは顔なじみの白龍が現れたのです。


 三蔵と悟空は危機を脱します・・・・。ところで、ふたりには魔法のアイテムとも言うべき「笛」と「石」があります。


『第二話 猪悟能の記録』

 猪八戒の日記体の手記で物語は進みます。未だ三蔵と悟空とは出会っていません。猪はデブではありますが、決してブタではなく、まっとうな人間です。物語の雰囲気は「千と千尋の神隠し」(2001年)ににていますが、発表時期は本書の方が若干早いと思われます。


 猪は、愛妻の翠蘭を失くし呆然とします。そんな妻が最後に言い残したのが、「私は死ぬのではありません、故郷に戻るだけなのです」という言葉でした。妻の故郷は、民間信仰「苦思楽」が大流行している鄷都縣(ほうとけん)でした。猪は妻探しの旅を決意します。


 そんな最中に、一匹の猿を連れた旅の僧侶が一夜の宿を乞うたのです。気持ちよく義父の家に泊めます。その僧侶の目を引いたのが、壁にかけられた紋様でした。「悟空、見よ。あれは奴らのものではないか」、この後、義父と猪は言い争ったようですが、紋様のためか、この間の記述は削除されています。


 結局、猪は三蔵法師と孫悟空という名の猿と共に、鄷都に向かうことにしました。数カ月を要してたどり着いた街は、思ったほどは大きくありませんでしたが、道教の聖地らしく立派な道観がありました。到着と同時に、猪は偵察を始めます。貴重な情報を教えてくれたのは、ひとりの老人でした。


(補足) 道観とは、『 道教教団において、出家した道士が集住し、その教義を実践し、なおかつ祭醮を執行する施設である。 』(ウキペディア)のことです。


 道観を境に西側は生者の街、東側は死者の街のようです。「日の出、日の入り、このふたつの時間帯だけ、西側と東側が交通可能となる」、日本的にもエジプト的にも西側が死者のエリアとなっているのですが、苦思楽だけに逆を行っているのかもしれません。


 かくして、猪は妻を求めて東側の地区に入りました。異臭の漂う異様な街でした。真っ暗闇の中、恐怖を押し殺し、妻の遺髪を握りしめ闇雲に進みます。もう西側に戻らなければ、そう思った時に妻の声がしました。顔は見えないものの、それはまさしく亡き妻でした。そして、ここが苦思楽(クトゥルフ)の従者たちの憩いの場であると教えられます。


 闇の中での会話が続く中、日が昇ろうとしていました。そのわずかな一瞬に妻の顔が見えたのです。糜爛した肌、そして、顎には鰓(えら)が生え始めていました。緒は道観目指して逃げ出します・・・・。いったんは気絶したものの、無事その夕には西側に戻れました。


 見てはならぬ死せる妻の風貌、猪にはもはや妻への未練はありませんでした。


『第三話 沙悟浄の物語』

 演義風に「西遊記」第二十二回と付記されています。三人称で沙悟浄の心理と行動を追っていきます。


 行者とも言うべき沙悟浄は、意志の力だけをもって幽体離脱を可能としました。そんな彼が、浮遊中に出会ったのが、一匹の猿とデブの男でした。沙悟浄の存在を知った三蔵も、彼の能力に驚きを禁じえません。そんな沙悟浄でしたが、三蔵には礼をもって接します(従来のものとは異なり、凛々しい三蔵法師像です)。


 沙悟浄に異変が生じたのは、水の中からの攻撃でした。沙悟浄は河童ではなく魚妖とも言うべき存在でした。水中からの攻撃者、それは水妖(インスマウス)でした。水妖は、魚妖族と闘っていたのです、沙悟浄はこの争いに嫌でも巻き込まれてしまいました。沙悟浄は魅き寄せられるように奴らの祭壇に向います。


 そこでは既に封印が解かれていました。沙悟浄の意識は、師父として慕っている三蔵法師に向かいます。「師父に伝えねば」、孤高の沙悟浄の心は既に三蔵法師の一行と共にあります・・・・。


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