第9362回「創元・岩波ウェルズ傑作選 その1、蛾、その2、奇跡を起こした男、ネタバレ」 | 新稀少堂日記

第9362回「創元・岩波ウェルズ傑作選 その1、蛾、その2、奇跡を起こした男、ネタバレ」





 第9362回は、「創元・岩波ウェルズ傑作選 その1、蛾、その2、奇跡を起こした男、ネタバレ」です。H.G.ウェルズの中短編につきましては、創元文庫版「ウェルズSF傑作集」(全2冊)で既にブログに取り上げています。


 一方、岩波文庫でも、中短編集を刊行しています。読者のイマジネーションを駆り立てる作家ですので、創元版を補充する形で取り上げることにしました。


 なお、掲載順ではなく、ランダムに取り上げていこうと思っています。。ところで、創元版に基づき既に取り上げている作品につきましては、詳細には書いていません。手抜きとなりますが、再掲することにしました。


「その1、蛾」(奇妙な味)

 この作品を読んで連想するのが、ポーの「スフィンクス」とアシモフの「神々自身」です。前者は日常レベルでの怪物の出現(?)、後者は学者同士の抑えきれない反目です。反目と言うより、嫉妬と言う方が正しいと思います(文末に、既に書いているブログから、「スフィンクス」とアシモフ短編「新聞記事」を再掲することにします)。


 ウェルズは学者同士の争いを神学論争と評しています。この「蛾」も、嫉妬と疾(やま)しさが生み出したモンスターです。


 昆虫学者のハブレーとポーキンズの確執・抗争は、地質論争におけるイングランドとスコットランドの争いにも比肩される、と著者は語ります。


 『 科学の探究者をつき動かす情熱や、反論によってかきたてられる激怒がいかなるものか、一般の人には想像もつかないことだろう。それは「神学者同士の憎しみ」の新たな形態なのだ。 』(橋本槇矩氏、鈴木万里女史共訳)


 ふたりの憎悪は数年来続いていました、事あるごとに、一方が他方を攻撃していたのです。当然、攻撃された方は、それを上回る反撃を試みます。容貌・性格とも対極的なふたりが罵り合っていたというのが実情なのですが・・・・。


 いずれも極めてプライドが高いのですが、ハブレーはより攻撃的で弁が立ちました。一方のポーキンズは醜悪な肥満体であり、口下手でもありました。当然、若い学者たちはハブレーを応援します・・・・。



 そんな中、当面の議論となったのが、ポーキンズが永年温めていた「ドクロメンガタスズメの原中胚葉細胞」についての論文でした。ハブレーはここぞとばかり攻めたてます。ところで、ドクロメンガタスズメとは、写真を見て分かりますように蛾の一種です。


 学者仲間たちの見守る中、論戦の火ぶたを切ったのはハブレーの方でした。昆虫学会はポーキンズの反論を野次馬的な期待をこめて見守っていました。しかし、ポーキンズは反論する前に、インフルエンザのために亡くなってしまったのです。


 しかし、死せるポーキンズは痛撃な反撃を加えます。ハブレーは疾(やま)しさの中、幻覚が見え始めたのです。実在しない蛾が、常にポーキンズの顔に見えたのです。その幻視は、ハブレーの異常行動として現れました。下宿の女主人は脅えます・・・・。もちろん、彼女の目には蛾など見えません。


 そして、狂気に追い込まれたハブレーは、ついに精神病院に収容されます。それが蛾をめぐる「神学論争」の結末となりました。。



「エドガー・アラン・ポー著 スフィンクス」

 『 コレラがニューヨークに蔓延した年、"わたし"は、友人に招かれ、コレラ禍を避けることにした。異変が生じたのは、別荘の窓辺に腰掛け、本を読んでいたときだ。黒く巨大な怪獣が、山の斜面を移動していた。軍艦ほどの大きさをしており、胸部には髑髏が描かれていた。


 "わたし"は、コレラ騒ぎでの緊張から生まれた幻覚だと自らを納得させることにした。しかし、再び、怪獣を見たのだ。"わたし"は、怪獣の正体を友人に詳細に語って聞かせた・・・・・。


 "わたし"の話を聞き終わると、友人は一冊の本を取り出し、先ほど前まで"わたし"が座っていた椅子に腰掛けた。本は博物学に関する図書だった、友人は該当ページを指し示す。そこには「鱗翅目(りんしょうもく)、薄暮族、スフィンクス種」と書かれていた。蜘蛛だったのだ・・・・。


 「きみは、目から1/16インチ(1ミリ強)の距離で蜘蛛を見ていたんだ。怪物の正体について、きみが詳細に語ってくれたからすぐに分かった。いま、ぼくの目の前に、蜘蛛の巣が間近にある。その蜘蛛が移動すると、山の斜面を移動しているように見えるんだ」


(蛇足) 私の体験でも、ガラスに張り付いた蛾が背景と溶け合い、巨大怪獣に見えたことがあります・・・・。 』(以上、再掲)



「アイザック・アシモフ著 死亡記事」

 『 アシモフは、学者同士の嫉妬について数多くの長短編を書いています。この短編も学者の嫉妬を扱う一方、学者の妻の不満も取り上げています。「金の卵を産むがちょう」と並んで好きな一編です。


 ここでは、タイムマシンが取り上げられています。マウスの実験では、3日先に送り、再度現在に戻したマウスは亡くなっています。理由は分かりません。その間、そのマウスは現在と共に生き続けています。そのため、同じマウスが2匹いることになります。生きているマウス(本物)と死んだマウス(精巧なコピー)・・・・。


 しかし、転送先の3日目になると死んだマウスは消滅します。不朽の名声を求めるランスロットという学者は、そこで一計を案じます・・・・。(以下、ストーリーについて書いています)


 物語は、ランスロットの妻の独白で進行します。結婚当初は、新進気鋭の学者だったランスロットも、同業の学者に対する妬心が強くなってきました。ランスロットが劣っているという訳ではないのですが、何故か他の学者に先を越されるのです。


 そんなランスロットの苛立ちは妻に向かいました。いつしか妻にも殺意が湧きます。ただ、ランスロットは言葉の暴力は使いますが、決して手を挙げたりはしません。そんな時に、ランスロットが3日間研究を手伝ってくれと言い出したのです。妻も不承不承、従います・・・・。


 ランスロットが、冒険に出たのには理由があります。同業の学者が亡くなり、死亡記事が出たことが動機となりました。自分が死んだら、どのような記事に・・・・、と考えたランスロットは、現在研究中のタイムマシンで一挙に賭けに出たのです。


 自分自身をまず3日先に送ります。すると、生きている自分と死んでいる自分が存在することになります。死んだ自分を医者に死を確認させた上で、妻に葬儀社と新聞記者を呼ばせることにします。その間、ランスロットは研究所に隠れています。そして、3日後にマスコミの前で生き返ってみせるという計画でした。


 確かに成功しました。死体の近くに青酸の瓶を置いてありますので、実験中の事故だと医師も警察も考えました。研究所には彼一人だということにしていたからです。実際事件性はありませんので、ランスロットの思惑通りに計画は進みました。死亡記事も出ます・・・・。その間、遺体は研究所に安置されていました。


 そして、3日後、ランスロットは有頂天になっています。「コーヒーを淹れてくれないか。まずはコーヒーで祝杯だ!」、以下、最後まで書きますのでネタバレになります。


 コーヒーを飲んだランスロットは倒れます。妻が青酸を入れていたのです。柩にいれていた死体は消失しました。妻は、殺したばかりの夫の死体を棺に入れ、葬儀社を呼びます。ランスロットは3日前に死んでいたのですから、何の問題もありません。青酸で亡くなっていますので、死体から検出されてもノー・プロブレムです・・・・。


 わずかに気になったのが、死後日数による遺体の状況です。ですが、ランスロットの死は、警察を含めて確認済みです(検死はされていません)。何の不安も抱かず、妻は埋葬を済ませます。裕福な家庭に生まれたランスロットには相当の資産がありました。妻は、その後の人生を楽しみます・・・・。 』(以上、再掲)



「その2、奇跡を起こした男」

 既に書いているブログから再掲します。好きなウェルズ作品です。

 『 主人公は普通の男です。奇跡なんかも信じていません。そんな彼に奇跡が起せる能力が生じたのです。発端は、酒場で起きます。「ランプよ、逆さになって燃えよ」、そう彼がいうと、ランプが空中に浮かび、逆さになって燃え続けたのです。


 驚いた彼は、酒場を飛び出し、自宅で再度試します。間違いなく奇跡が起せるのです。命令どおりに物事が実現するのです。彼は、牧師に相談します。最初信じなかった牧師も、実証されると信じないわけにはいきません。牧師は、地球の回転を止めろといいます。主人公は地球を止めるべき、意識を集中します。当然、地球は破滅します。


 しかし、彼は最後の奇跡を起します。「奇跡が起こる前の酒場にもどれ」、小説冒頭のシーンに戻ります。しかし、彼には奇跡を起す力は既になく、その後に起った記憶も失われています・・・・。 』