第9377回「朝松健編 神秘界 その9、夜の聲 夜の旅 井上雅彦著 ストーリー、ネタバレ」 | 新稀少堂日記

第9377回「朝松健編 神秘界 その9、夜の聲 夜の旅 井上雅彦著 ストーリー、ネタバレ」

 第9377回は、「朝松健編 神秘界 その9、夜の聲 夜の旅 井上雅彦著 ストーリー、ネタバレ」です。


 40ページほどの短編ですが、散文詩に近いイメージを意図的に演出しています。そのために、旧漢字を多用し、地名、人名、普通名詞なども漢字による中国語風の当て字を使いルビを振っています。たとえば、


1. 老年爵士(オールド・ジャズ)

2. 怪鴟(ヨタカ)

3. 縻登(モダーン)

4. 公寓(マンション)

5. 歐州(欧州、ヨーロッパ)


6. 薩克斯管(サクソフォン)

7. 拉管(トロンボーン)

8. 聖誕老人(サンタクロース)

9. 花花公仔(プレイボーイ)

10. 武打多的電影(アクション・ムービー)


 これらの漢字がびっしりと書き連ねられています。著者の井上さんは、300ページの長編に匹敵するような手間をかけて、この短編を書きあげたのではないでしょうか。読むのもしんどい、と言うのが実感です。


 ストーリーは、極めて単純です、実在しない魔都シャンハイの一夜の出来事が描かれています。


「その9、夜の聲(声) 夜の旅」井上雅彦著

 男が借り切った専用列車が、上海に向かって驀進します。その豪華コンパートメントの中で、男が女を愛撫していました・・・・。女の名は亞麝(アジア)、彼女を手に入れたものは至高の権力を手に入れると言われています。


 そして、男の両手の触感はあたかも吸盤のような感じを与え、その手の色は深海魚を連想させるような色でした。ですが、亞麝は見慣れているからでしょうか、動揺の色はありません。上海に着いたふたりは、リムジンに乗り換え、租界(夷城)の中に建てられた賓館(ホテル)に向かいます。


 ラウンジでは、老年爵士(オールドジャズ)が演奏されていました。ですが、亞麝の存在は、白髪白髯の支配人を刺激しました。青蛙(チンファ)に合図します・・・・。しばらく経つと、数人の男たちがマシンガン片手に現れました。たちまち銃声が鳴り響きます。


 男は言います。「おれたちふたりは、武打多的電影(アクション・ムービー)の電影明星(ムービー・スター)だな」、逃げ出した男と女は、深夜の街をリムジンで電影院(映画館)に向います。ふたりだけの貸切でした。


 映画の題目(タイトル)は、「時光時逝(As time goes by)」です。男は映画の世界に入っていきますが、悠久の人生を送って来た亞麝(アジア)にとっては、所有者は変わっていくものだと覚めています。気が付けば、誰もいなかったはずの座席は、びっしりと観客たちによって埋め尽くされていました。


 そして、男は「今こそ屍解仙(シージェシェン)」と叫びます。その瞬間でした、男の体はガラスが砕かれるように崩壊し、魔都中の公寓(マンション)、大楼(キャッスル)、大厦(ハウス)などすべての摩天楼が咆哮したのです・・・。男をつけ狙っていた青蛙(チンファ)の首が転げ落ちます。


 男はいつか戻ってくるかもしれない、亞麝は夜の聲を聞くために耳をすまします。


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