第9381回「朝松健編 神秘界 その10 明治南島伝奇 紀田順一郎著 ストーリー、ネタバレ」 | 新稀少堂日記

第9381回「朝松健編 神秘界 その10 明治南島伝奇 紀田順一郎著 ストーリー、ネタバレ」

 第9381回は、「朝松健編 神秘界 その10 明治南島伝奇 紀田順一郎著 ストーリー、ネタバレ」です。「神秘界 歴史編」の小説も、本作を入れて残り2編になりました。クトゥルフ神話をモチーフとした書き下ろしアンソロジーなのですが、極めて水準の高い作品集に仕上がっています。


 ところで、この30ページ余の短編を書かれた紀田順一郎氏は、「古本屋探偵の事件簿」(※)で強烈なインパクトを与えたミステリ作家です。どのような切り口でクトゥルフ神話に殴り込むのでしょうか。


「その10 明治南島伝奇」紀田順一郎著

 逓信省電気試験所で研究員のひとりとして勤務していたのが、滝口紹三でした。彼が所属する電極設計課が現在開発しているのが、高性能レーダーでした。私大出身の滝口に親身になって口を掛けてくれていたのが、やはり私大出身の佐野でした。


 佐野については、いろいろな噂がありました。役所の兼業禁止規定に抵触する小説を書いたり、マニアックなまでに超常現象などに興味を抱いたりしていると・・・・。滝口が婚約者の信子と切迫した電話のやり取りしているのを見かねて、「早退しろよ」と勧めてくれたのも佐野でした。


 ところで、父親を失くした信子は母親との二人暮らしです。そして、最近、祖父も亡くなっています。突然死でしたが、事件性などはなく自然死で間違いありません。そんな中、不審人物が家を嗅ぎまわっているから、滝口に泊まってほしいと言うのです。定時過ぎに退庁した滝口は早速、信子の家に向います。詳細な話は、信子の母親から聞かされました。


 最近亡くなった祖父の遺族から送られてきたのが、当時外交官だった祖父が南方諸島の調査団に参加していた際、ソロモン島で手に入れた「タンプワ」でした。直径50センチほど、かなり重い鯨の牙で作られた高額貨幣です、そのため、捕虜に対する身代金の受け渡しなどに使われていたそうです(グーグルでは検索不可)。


 賊は、どうもそのタンプワを狙っているようです。滝口は不寝番をするに当たり、母親から借りた「南洋探検実記」を読むことにします。調査隊長だった外務省の鈴木某が、明治23年に刊行したノンフィクションです。読みふけります。


 ですが、深夜異変が生じたのです。気のせいかと思いつつも、タンプワの置いた位置とか、形状が変っているように思えたのです。さらに、黴(かび)臭いと共に、巨大蜘蛛とも言うべき存在が、滝口の体を這い登り始めたのです。思わず、滝口は絶叫します・・・・。


 翌朝目覚めた滝口は、昨夜のことは夢かとも考えましたが、確信はありません。タンプワを厳重に包装し、「南洋探検実記」を持って研究所に出勤します。滝口の寝不足は課員たちにも隠しようがありませんでした。定時で帰ろうと誘ったのは佐野でした。


 滝口はこれまでの経緯を説明するとともに、タンプワと「実記」を見せます。佐野は「実記は熟読するから貸してくれ、タンプワは厳重な保管が必要だろうから、保管室に預けた方がいい」と忠告します。ここから、佐野の調査活動が始まります。


 信子の祖父につきましては、信子の母親も意外にほとんど知りませんでした。佐野はまとまった有給休暇を取ることにしました・・・・。1カ月があっという間に過ぎます、滝口と信子の結婚も1ヶ月後に決まりました。そんな時に佐野から声がかかったのです。信子と一緒に自宅に来てくれとのことでした。


 そこで、佐野は調査結果を丹念に説明してくれます。信子の祖父は、亡くなる直前、サンフランシスコで発刊されている英字新聞の記事に注目していました。キャボット博物館では、南太平洋の火山島(フィジー近海)で発見されたミイラと巻物を、高額で購入していたのです。そのミイラは、驚愕の表情を浮かべていたと言われています。


 そこで、夜間侵入したポリネシアンが惨殺されたという記事でした。ミイラを発見した貨物船の船長は、2匹目の泥鰌を狙い再上陸を試みましたが、島は既に海面下に没していました。火山活動の気まぐれで一時的に海面から浮上していたというのが実情のようです。


 祖父が海外にわざわざ連絡している点を考えますと、祖父はクンプワとこの殺人事件を関連付けて考えていたようです。そして、その加害者グループが、信子の家の周辺を嗅ぎまわっていたのではないか、佐野は推理を語ります。


 ミイラと文献から島での宗教について、佐野はさらなる推論を進めます。「当時、主神ガタノトーアに、トヨグと呼ばれていた神官が多数の生贄をささげていた。そのために、ガタノトーアがいます山に登っていたと、巻物には記されている。ミイラとの関連性については断言できないが、この神事と関連があったかもしれない。私はガタノトーアとは宇宙からの飛来者だと考えている」


 佐野の調査は丹念なものでした。現地での残虐な風習についても触れています・・・・。


(エピローグ その後) 滝口と信子は予定どおり結婚しました。しかし、翌年、研究所での漏電事故のために滝口は殉職しました。一方、佐野は逓信省を退職し、作家としての道を歩み始めました。そのため、保管室に置かれていたタンプワは、その存在そのものが忘れ去られ、東京大空襲により消失しています。


(追記1) 「古本屋探偵の事件簿」について書いたブログは次のとおりです。

「殺意の収集」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10387033952.html

「書鬼」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10387453000.html

「無用の人」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10387600297.html

「夜の蔵書家、その1」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10391527176.html

「夜の蔵書家、その2」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10391613682.html


(追記2) 「神秘界」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"神秘界"と御入力ください。