第9388回「日本文学100年の名作 その4、1918年 小さな王国、谷崎潤一郎、ネタバレ」 | 新稀少堂日記

第9388回「日本文学100年の名作 その4、1918年 小さな王国、谷崎潤一郎、ネタバレ」





 第9388回は、「日本文学100年の名作 その4、1918年 小さな王国、谷崎潤一郎著、ストーリー、ネタバレ」です。大谷崎版の「蠅の王」(1954年)とも言うべき短編です。


 ですが、舞台は絶海の孤島ではなく、あくまで学校とその周辺の出来事に限られています。また、発表も、この短編の方が先行しています。むしろ、谷崎潤一郎がこのような作品を書いていたことに驚きを禁じえません。


 ストーリーの紹介にあたりましては、便宜上、原作とは関係なく、章とサブタイトルをつけさせていただきます。


「その4、1918年 小さな王国」谷崎潤一郎著

『プロローグ 貝島昌吉の半生』

 貝島の父親は、旧幕時代の漢学者でした。幼少期から学問への志向が強く、選んだ職業が尋常小学校の教師でした。いずれ学問で身を立てようと思ってのことです。しかし、結婚と共に次第にその抱負も消え失せていきます。今や6人の子持ちになっていました。


 俸給20円ではやりくりができません。東京での暮らしをあきらめ、物価の安い地方都市への転勤を希望しました。そして、36歳の時に希望が叶い赴任してきたのが、G県M市の小学校でした。それでも、生活は楽になりません。妻は結核にかかり、母親は病がちだったからです。出費がかさみます・・・・。


『第1章 転校生・沼倉庄吉、新たなタイプのガキ大将』 

 貝島は、赴任して2年目には、5年級を担当していました。東京時代の経歴を活かした授業方法に、父兄からも学校からも高く評価されていました。父兄の中には、地方名士とも言うべき人々が少なからずいたのです。


 ところで、最近建設された製糸工場の労働者の子どもが、貝島のクラスに転校してきました。それが沼倉庄吉でした。外見は、憂鬱そうな風貌に、でかい頭部には白雲(白癬菌による頭部にできる水虫)をこしらえた少年でした。では、成績不良かと言いますと、そこそこの点数を取っています。実に落ち着いた少年です・・・・。


『第2章 沼倉の奇策』

 貝島のクラスは50人です。生徒たちが運動場で、二班に分かれ、戦争ごっこをしていました。沼倉が所属するのは少数派の10人の班でした。その10人が、生薬屋のせがれである西村が指揮する40人を打ち負かしたのです。さらに、「おれたちは7人でも勝てるぜ」と豪語し、言ったとおりに勝ってみせました。


 では、沼倉は教師をバカにしたり、同級生をいじめたりするなど、通常みられる性悪のガキ大将かと言いますと、そうではありませんでした。ちょっとした騒動が起きたのは、修身の授業中のことでした。後ろの方の席で私語が絶えなかったのです。「沼倉、しゃべっていたのはおまえだろう?」


 当人は否定し、野田という生徒がしゃべっていたと指さします。「先生はちゃんと見ていた。おまえと隣の生徒が話しているのを見てるんだ。なぜ嘘を吐くんだ?」、沼倉を問い詰めますが、あくまでシラを切りとおします。


 貝島は沼倉を立たせることにしましたが、やがてクラス中の生徒たちが、沼倉をかばい始めたのです・・・・。ところで、腕力でなら沼倉を倒せる生徒は少なからずいます。あくまで、説得力が沼倉の武器になっていたのです。


『第3章 カリスマ化する沼倉』

 貝島のクラスには長男の啓太郎もいましたので、家で沼倉の件を問い詰めます。「父さん、沼倉って悪い奴じゃないよ」、修身の時間中の私語は、沼倉がわざと仕掛けたものだと啓太郎は話します。クラス改革を計画しているが、自分に対する忠誠心をテストするためにやったものだ、と啓太郎は父親に説明します。


 翌日、貝島は沼倉を呼び出し、沼倉の行動を讃えます。貝島の第一の失敗でした。「自分はなんと生徒たちの操縦にたけていることか」、そのような驕(おご)りがあったのかもしれません。担任教師の絶賛はますます沼倉をクラスのカリスマに押し上げていきました。


 その効果は確かにありました、クラスの雰囲気がガラリと変わったのです。沼倉は時々、生徒ひとりひとりの行動をメモに取っていきます・・・・。自然と風紀委員とも言うべき集団が出上がりました。


『第4章 沼倉が創り出した王国』

 貝島の家では、七人目の子どもが生まれただけでなく、妻の肺結核も深刻化していました。さらに、老母の具合も悪化の一途をたどっていました。貝島家の家計は、俸給だけでは限界に達していたのです・・・・。


 そんなある日のこと、老母と妻が、長男の啓太郎を激しく責めたてていたのです。小遣いらしい小遣いは、最近では与えたことがなかったのですが、啓太郎が決して安くはないおもちゃを持っていたのです。さすがに、貝島も黙ってはいられません。


 貝島の激しい追及に追いつめられた啓太郎は、ついにクラスで進行中の出来事を打ち明けていました。「クラスでは、独自の通貨が流通しているんだ」、啓太郎は詳細に父親に話します・・・・。以下、結末まで書きますので、ネタバレになります。


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 啓太郎は貨幣の現物を持っていました。画用紙を切り、紙幣大の紙に「百円」などと書き込んでいたのです。貨幣の隅には、沼倉の印が押されています。そんな紙幣を何枚か持っていました。「月報酬として、大統領の沼倉くんは500万円、副大統領が200万円、大臣が100万円もらっていたんだ」


 啓太郎も担任の息子だということでかなりの金額をもらっていました。沼倉も、それなりに疾(やま)しさを感じていたようです。では、貨幣に対応するところの賞品は、と訊かれ、資産家の息子から半強制的に買い上げていたようです。クラスには、酒屋の息子もいれば、電力会社社長など資産家の子息もいました。


 曲がりなりにも、啓太郎の記憶するだけでも、20数品目に上りました。文具品から始まり、大正琴など様々です。沼倉の王国は、金持ちの息子から収奪し、貧乏人のせがれに再配分するという富の平準化の機能もあったのです。一方では、恐怖支配も・・・・。


 せがれから「沼倉王国」の実態を聴取している時、妻が赤ちゃんのミルクがないとこぼします。給料日は明後日です、家の中には一銭も残っていません・・・・・。


「最終章 先生も仲間に入れてくれないかな」

 貝島は、酒屋の前を行ったり来たりします。ツケでミルクを買いたいと言い出せなかったからです。そんな時に、生徒の姿を何人か見かけました。あの貨幣を使って取引をしていたのです。酒屋の息子の内藤も混じっていました。貝島はついにキレます。「先生も混ぜてくれないかな。ミルクが必要なんだ」


 生徒たちは貝島に数枚の紙幣を渡します。「先生、ミルクは店で受け取ってください。千円で売りますよ」、内藤は磊落に笑います。貝島は店の中に入るとミルクの缶を手にして、不用意にも王国の紙幣を店員に渡していました。「ふふ、冗談だよ、給料日には本物の紙幣で払うよ」・・・・。


(蛇足) 貝島が、「沼倉王国」に取り込まれていく過程が巧みに描かれています。ラストの解釈は読者によって大きく異なると思います。


1. 解説者の解釈・・・・ 「先生も仲間に入れてくれないかな」と言った段階で、貝島は完全に沼倉に屈したと言う解釈です。

2. 貝島は店員に説明したように、給料日に現金で決済し、子どもたちの貨幣ごっこを止めさせたと言う解釈です。

3. 私の解釈・・・・ 解説者の説明に近い、というのが私の実感です。ただ、一度、二度は教師としてのプライドから現金で決済したかもしれませんが、ずるずると呑み込まれていったと考えています。そして、校長に報告することもなかったと解釈しています。その後、貝島の教師としての資質が問われるような事態に発展したかも知れませんが、それは別の物語だと思っています。

4. その他さまざまな解釈が可能です。


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