グレン編 第2話【煉獄】
夢〈???〉
赤、紅、朱
それは炎だったかもしれないし、魔物の眼だったかもしれないし、血だったかもしれない。
とにかく一面がアカで染まっていた。
響き渡る悲鳴、燃えている家屋、逃げ惑う人、そのどれもが痛ましく見るに耐えない光景だった。
声を発しようとしても口が動かない。
あぁ、これは起きてしまったことだ。
私はこの光景を額縁の外から眺めるように見ていることしかできないと悟り、胡乱げな瞳でその映像を見続けた。
あまりに現実とはかけ離れた光景に、暫くの間呆然とその光景を眺めていたが、ふと我に返る。
弟は、タツミは無事なのか。
辺りを見回すがタツミの姿は見えない。
この火災だ、はぐれたままでいては無事では済まないだろう。そう考えると全身から血の気が引いた。
早く、早く見つけなければ。
周囲を探していると、全身を支配していた悪寒を軽く塗りつぶすような邪悪を感じた。
空。
地上とはうって変わって静かに月が光る青く暗い空にヤツはいた。
貴族のような服装、鋭利で冷たい眼差し、身の丈ほどもある巨大な鎌、青白い肌は冷血であることの比喩か、冗談のようにそいつは浮いていた。
死神を連想させるそいつは配下であろう悪魔に何かを言っている。
悪魔は厳かに頷くとその手に持った三叉槍を手にこちらへ向かってくる。
殺される。そう思った。
足が震えて思うように動かない。頭では逃げろと叫んでいるのに体が反応しない。
不意に誰かに腕を引かれた。
引き寄せられるままに体が動き、あれほど動かなかった体は嘘のように走り出した。
???「なにやってんだよねーちゃん!早く逃げるぞ!」
タツミだった。
弟は私を引っぱりながら走る、三叉槍の悪魔から逃げるように。
悪魔は何か呪文のようなものを唱えると小さな火球を何発もこちらに放ってきた。
紙一重の場所を火球が掠めて行く中私とタツミは必死で走る。
他の皆は?アバ様は?
そんなことが頭の片隅によぎったが、周囲で爆発する火球に思考がかき乱されてしまう。
タツミ「ねーちゃん、もうすぐで村の出口だから!走れ!」
既に限界近い速さで走っているが、それでもタツミは私を励ましてくれる。
下がっていた視界を上げると確かに村の出口が見えてきた。
だけどそれは失敗だった。
わずかに安堵した心につけ入るように、疲れきっていた足がもつれてしまう。
しまった・・・!
眼前に迫る地面に、私は次の瞬間来るであろう激痛を覚悟して目を堅く閉じた。
タツミ「っ!何やってんだばかねーちゃん!」
しかしタツミに強く腕を引かれ前へと放りだされる。
つんのめるように大きく前へとたたらを踏みながらも、誰も私の腕をつかんでいないことに気づいた。
タツミが代わりに転んでしまったのだ。
どうやら足を強く捻ってしまったらしく、地に伏した状態でタツミは私に逃げろ、とか早く行け、とか叫んでいる。
これを見逃してくれる悪魔ではない。
悪魔は一際長い呪文を唱えだす。
すると、これまでとは比べ物にならないほどの大火球が空中に出現した。
まって、そんなの当たったら間違いなく死んじゃう。
早くタツミの元に駆け寄れ。
そこからどうする?二人とも丸焦げになって終わりだ。
タツミの作ったチャンスを無駄にするな、逃げろ。
目の前に足を挫いた弟がいるのに?そんなことできるはずがない。
悪魔は待ってくれない。
詠唱が終わり完成した大火球を容赦なくタツミへ向かって放つ。
私は、やめて、だとか、お願い、だとか全く意味の無い言葉を呟きながら立ち尽くす。
あぁ、タツミが、私の弟が死んでしまう。
・・・いやだ!
いやだイヤだ嫌だ否だ厭だ!!!
幼いころからずっと一緒だった弟だよ?
一緒に沢山遊んだし、一緒にいたずらだっていっぱいいっぱいした。
一緒に泣いたし、怒っちゃったことだってあったけど。でも、最後にはいつだって笑いあっていた。
そのタツミが死んじゃう?
嘘だ。
そんなのは絶対に認めたくない。そんなのは絶対に認められない!
周りの時間がやけにゆっくりと感じられた。
私は腕を無意識にタツミの方へと向ける。
体が熱い、体の中で何かが荒れ狂っている。
わからないけど、わかる。
私にはこの荒れ狂っているのが何なのか。
きっとこれを解き放ったら、もうタツミには会えないだろう。
・・・なんだっていい、タツミを助けることができるなら。
例えこの先2度と会うことが出来ないとしても、もうタツミの顔が見れないとしても・・・
それでも、今死んじゃうよりはずっといい・・・!
光が、炸裂した。
タツミが光に包まれていた気がする。
何か叫んでいたけど、早すぎて聞きとれなかった。
悪魔も大火球も私も静止する中で、タツミだけが涙を流しながら何かを訴えていた。
でも、それも一瞬。
大火球が爆発を起こす。
熱波を受けて大きく後ろへ吹っ飛ぶ、背中を強く打ち付けてしまい意識が朦朧としている。
タツミ、タツミは・・・?
薄れる意識の中でもそれだけは忘れまいとするように強く想った。
しかしこれは起きてしまったこと。
体が浮上する感覚に包まれる。
あぁ、待って、まだ醒めないで・・・。
額縁から遠ざかっていく。
タツミがどうなったか知ることができないまま、私は現実へと引き戻された。
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