【マリンの受験戦記9~70の横顔~】
「私、ここに入るんです」
それは、ママとマリンが、3校目の個別相談に行った帰りのこと。
3階のフロアから、エレベーターでご一緒したご婦人の一言に、思わず目を見張った。
正直、聞き間違いかと思った。
だってその前置きが、
「私、今年で70になるんですけどね」
だったのだ。
「通わないですけどね。通信で。」
聞き間違いでは無かったらしい。
70、と言ったそのご婦人は、とても70とは思えない若々しい風貌で、きりりと凛々しい横顔から、ちらとマリンを流し見て、ニコっと目元を綻ばせた。
「頑張りましょうね。お互い。」
エレベーターが一階に着くと、ふわりと一礼して、大きな歩幅で颯爽と歩き去ったその後ろ姿を、ママはしばらく呆然と見送ってしまった。
通信制の高校に入る、ということは、中卒、ということだ。
それを、70になる今、トライしようというのだ。
どんな人生が、どんな出会いが、どんな転機が、どんな志が……どんな別れが。
どんな。
どんなーーー。
ーーーあぁ、そうか。
マリンの人生は、今だけじゃない。
今も、もちろん大事だけれど、この先も、そのまた先も、その先の先にも。
きっと色んなことがあって。
だから今、全部が決まらなくていいのだ。
そういえば、ママの実家の母は数年前、
「昔から、パン屋で働くのが夢だったの💖」
とのたまって、齢70直前にして、近所のお気に入りのパン屋でバイトし始めた。
それも、何の求人情報も無い状態で、いきなり売り込みの電話をかけたのだとか。
ママにも。
この先の人生がまだまだ…山あり谷あり??
できればあまり急坂で無い事を願うばかりだけれど。
取り合えず、目の前の進路やら学費やらで頭がパンパンだったママの目線を、
はるか遠くへと上げさせる形になったあの横顔に。
今も、感謝している。
ーーーママは顔、忘れたけど。
(多分、マリンは覚えてる笑)