A Beautiful Flower Was Given The Ugly Voice | ジュセー 徒然。

ジュセー 徒然。

てきとーに。
創作とかやってます。

アシロス村近郊の雑木林。

右目に手を当て、少しふらついた状態で彼女は駆けていた。その雪も恥じるかのような白い肌には所々に傷が見える……見えるがしかし、それはどんどん塞がっていっている。

彼女は時々背後を振り返り、掌を向ける。黒く歪んだ三角柱が後方の闇へと溶け消えてゆく。代わりに飛び来るは多量の小さい礫。回避動作を取る。全ては避けきれず、新たな傷を作る。塞がる。飛来する。傷が出来る……これでは、いたちごっこだ。

「逃しはせんぞ、小娘……」

深緑の装束に身を包んだ男が両手を前に突き出しながら少女を追う。彼の名はライフォショット。中央より招聘された正規軍所属の者である。
その両手からは小さな礫が散弾の様に飛び、少女の身体を地道に、だが着実に傷付けて行く。
時折少女の反撃が飛来。
が、逃げながらの破れかぶれの反撃。造作もなく回避。

「ふん!後ろばかりを気にして良いのか?……貴様の目は何処についている!」

ライフォショットが叫ぶ。
少女が踏んだ地面の一箇所が不意に崩れる。彼女は目を見開いた。ズレる視界。落ちる。落ちている。深い。
何かが折れる様な鈍い音と落下音。着地ならず。不自然な態勢になってしまい、落下の衝撃が大きい。
痛みに顔を歪ませながら、少女は見上げた。追跡者と視線が突き刺さった。彼は無言で両手を穴底に向けた。
少女は咄嗟に防御の姿勢を取る。直ぐに激痛が走った。肉に食い込む。礫が。先程よりも大量の礫が。血が染みる。意識が揺らぐ。だが痛みが、思考の放棄を許さない。傷の塞がる速さが落ちていく。

……。

ーーーーーーーーーーーーーーー

「さて……情報通りなら奴は死んではいない」

穴底を見下ろしながら彼は言った。両手はまだ降ろさず、少女に……辛うじて原型を残す少女に向けられたままだ。油断は無い。慢心も無い。

少女……は座り込み、俯きながら小さく震えていた。恐怖や寒さや、そんな類の震えではない。あれは、痙攣だ。顔は見えないが、わかる。恐らく意識を失っている筈。

彼の計画は周到だった。
礫の射出する方向を調整し、少女の回避先を限定した。そして、この罠の元へと誘導。
勿論、罠はここだけではない。落とし穴以外の罠も張り巡らせている。

ライフォショットは片手だけ降ろし、腰に吊るされた網に手を掛けた。それを広げ、穴底に投下する。少女を捕らえる。引き上げる。驚くほど軽い。

「ふむ。ある程度回復している様だな……恐るべき再生力よ。して、戦闘能力は」

注意深く観察しながら状況判断。
最早動けまい。
念の為、薬物を投与する。瞬間、彼女の身体は大きくビクリと震え、そして。
動かなくなった。大型魔獣用の麻酔薬である。
ライフォショットは何とも言えない虚脱感に襲われた。年端もいかぬ少女を殺しに行く勢いでーー常人ならば死んでいたであろうがーー捕獲した事に。そもそも、この少女の正体すらわからぬ。何のために破壊活動を行っているのか、その背景すらも。
物思いに耽る彼の耳に、足音が届いた。
そちらを見やる。

「ご苦労、ご苦労」

乾いた拍手が空気を振動させた。ライフォショットは拍手の主を知っている。パルンツァカルのお抱え剥製師。ネビラディーテ。
彼は脂の乗った気色の悪い笑顔でじっと少女を睨め付ける。そしてライフォショットに声を掛けた。

「さあこちらへ引き渡せ。その、その少女を……うふふ、可愛らしい、美麗な、女児を……うふ、うふふ!」

小太りの身体を小刻みに震わせながらネビラディーテは手招きする。気持ちの悪い、下卑た笑みを携えながら。
無言でライフォショットは彼に網ごと少女を投げ飛ばした。ネビラディーテはそれを受け取ると、少女の全身を余すこと無く触りながら、撫でながら、揉みながら、恍惚の顔を作る。

「おお、おお、深く眠って……愛しき!うふ!大儀であった、ライフォショット!まこと、大、儀……うふ、うふふふふふふ!」

目を閉じた綺麗な顔に、醜悪な顔を擦りつけ、ネビラディーテは少女を抱き締めた。耳障りな、不快な笑い声を響かせ。最早ライフォショットは視界に入っていない。

「あの方も大層喜ばれるであろう!その前に、わたくしが、うふ、悦ばせてもらうが……んむ?」

彼は無言で佇むライフォショットを、まるで初めて見たかの様な目で見た。
そして明らかな不機嫌の色を現した。醜悪な顔がより醜くなる。

「……まだそこにおったのか。ウスノロめが!貴様の仕事は終わった!これだから田舎育ちの者は、要領の悪い……言われたことしか出来ぬ……言われねば出来ぬ……」

ねちっこくブツブツと呟くネビラディーテ。声の強弱も疎らで、聞き取れない箇所も多い……聞き取るつもりも無いが。
ライフォショットは無表情を装いながら、無言で彼の前から立ち去った。
その背にネビラディーテの視線は無い。

醜悪なる下衆は、可憐な花を愛でている……。

ーーーーーーーーーーーーーーー

雑木林を抜け、待機兵と合流すると、ライフォショットは拠点への帰路に着いた。

醜い剥製師が、調子に乗りおって。

心の中で下衆豚に毒づく。

ネビラディーテは軍部所属で無いがために、位階は無い。だが丞相パルンツァカルの嗜好を満たすが為に彼に気に入られている。そのために増長しているのだ。

少女は無事にパルンツァカルの元へと移送されるだろうか。
無事に……届けられれば、無事では無くなるのだろうが。
醜悪なるネビラディーテは移送の途上に彼女に手を出さないとは限らない。そうなれば、最悪の事態に陥るかもしれぬ。
迂闊に手を出せば恐らく彼女は、その暴威を振るうだろう。ネビラディーテだけが死ぬならば良い。だが……そうは行かないだろう。再び目を醒ませば、少女は更なる憎悪を募らせるのではないか。

漠然とした思考を、ライフォショットは一旦落ち着かせた。

目を閉じ、自分の心音を聞く。

直ぐに平常心を取り戻し、目を開いた。配下の兵たちの焦燥が感じ取れる。落ち着かねば見えなかったものだ。彼等を労わねば。

どういった形で彼等を労わるかに思考を切り替え、彼は舗装された道を、真っ直ぐに歩いて行った。