第十八話 | ジュセー 徒然。

ジュセー 徒然。

てきとーに。
創作とかやってます。

ーーーーーーーーーーーーーーー
深淵。
そこに彼は居た。
彼は目前に横たわる影の側に立ち尽くしていた。影を見下ろしていた。影は、影は微動だにしない。死んでいる?

彼は視線を上げた。すぐそこに冷たく眠る《セカイ》を見た。黒く、黒く澱んだ、それを。冷たい眠りから覚め、熱を持ち覚醒し……また冷たい眠りに落ちたそれを。

あぁ、また、これか。
また、同じ夢を、見る。見ている。

《セカイ》の更に奥、そこに何かがいる。彼女がいる。足りない一人。だがそこに彼が赴くことは叶わない。境界のその向こうへは。行けない。境界線を踏み越えられない。
彼は歯噛みした。

俺は。俺は、一人か。

彼は再び視線を下ろす。横たわる影へ。影は……影は彼をよく知っている。彼もまた、影を知る。
影は、彼だ。彼自身だ。《セカイ》を知る前の彼だ。彼は死んだ。今ここにいるのは、かつての自分ではない。
いや、あるいは。今現在の自分であるかもしれない。《セカイ》の力を一時的に失い、また虚無に生きる自分の姿。その行く先。

「だがそれがお主の望みではあるまい」

それはそうだ。こんなに虚しいのは、もう。せっかく力を手にしたのに。また戻るなんて。

「そうであろう。そうであろう。故に今ここで、契りを交わせ。朧を享受せよ」

朧?

「朧。あらゆる有も無も在らず。されど総て内包せしモノ。受け入れよ」

受け入れる。そうすれば、どうなる?力は?

「在るべき元へ。更なる力。お主は選ばれた。迷うか。良き良き。ここに時間など無縁が故に。悩め。だが答えを留めるは赦されぬ」

答え。答えは。

彼は顔を上げた。
すぐそこに、或いは遥か遠くに存在するモノの姿を認めた。存在しているかどうかあやふやな、朧げなモノ。
黒いーー少なくとも彼には黒く見えるーー靄のようなモノが彼の前にいる。赤くぼんやりと光る点が黒の中に一つ浮かんでいた。

受け入れよう。力が、欲しい。虚無を、無くす力を。満ち足りた命を。

「答えを決めたか。ならば《セカイ》に触れよ。《セカイ》を知れ。お主自身の命を知れ」

彼は影を乗り越え、歩み出した。一歩一歩、踏み出す度、地に波紋が広がる。水面のようだ。
彼は《セカイ》に触れた。黒く黒く澱んだ、寂しく眠るそれを。
途端、彼の頭の中に記憶が流れ出した。堰き止められていた水が溢れ出すかのように。

『灰崎 色人』『穢れた世界の浄化』『三人の神人類』『黒、白、桃』『マ…ジャー…』『計…の頓…』『使…の…棄』

あああ。あああ。

彼は頭を抱えた。頭痛。耳鳴り。
脳裏に浮かぶ想い出。記憶に無い想い出。不思議と懐かしい。

「そして影を受け入れよ。自らの影を。その時、お主の願いを成就するに足る力が、お主の望む力が降り立つ」

彼は影の元へと戻った。影に手を置いた。影は溶けていった。彼の中へと。

これで。これで、いいのか。

「クフォー、フォー、フォー。良い。汝は選ばれた。生きよ。朧の享受者よ」

言い終えると、黒の靄は人型を成していった。長細い人型のシルエットの周りに何かが浮かび上がり、纏わりつく。それは包帯のようだった。
赤くぼんやりと光る点が彼を見据えた。
そして消えた。消えていった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

「これで、いいんだな」

暗い部屋の中、布団の上で仰向けになりながら黒星は呟いた。天井を見つめる。手を伸ばし、開く。もう、その手は揺らいでいない。確かにそこにある。

「良かった。良かった……これで、また。続けられる。殺せる。壊せる」

口元を弧に歪ませながら、彼は手を握った。そしてゆっくりと起き上がる。窓を見る。
外は、明るい。時計は2時を指していた。

昼か。夜が良い。夜が好きだ。だが。

ぎらつく双眸、歪んだ笑み。
彼は少し背伸びをすると、直ぐに玄関へと向かった。

今はもう、関係ない。力を使いたい、殺したい壊したい暴れたい燃やしたい……。

逸る気持ちを胸中に沸かせながら、彼は飛び出した。外へと。

行き先は?
わからない。
いつも通りだ。
いや。

黒星は立ち止まり、ある一方向を見た。何かを感じる。今までにはなかった感覚。自分と同じ何かを……異能力者の力を。
その方向に見えるのは、彼の通う学校。通っていた、か。登校しなくなってから十ヵ月ほどは経っている。

彼は駆け出した。楽しくなりそうだ。本当に。満ち足りそうだ。本当に……。

ーーーーーーーーーーーーーーー

「……あれは……」

駆け出す黒星を、建物の屋根上から見やる少女あり。
水色の髪を後ろで結んでいる。その手には質素な槍が握られていた。
……彼女は少し思案した後、家々の屋根を飛び渡りながら、黒星を追跡し始めた。