No Mercy For The Life | ジュセー 徒然。

ジュセー 徒然。

てきとーに。
創作とかやってます。

ーー少女は、花の舞踏会に佇んでいた。彼女の白い髪を、時折、冷たい夜風が撫でる。彼女は座り込み、一輪の花の花弁に指を触れた。そして微かに微笑みを見せた。

「……きれ、い……」

白く細い喉から、幽かな声が空気に溶け込んでいく。透き通るような青い目に淀みはない。

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山間部に位置する花畑を、山の中間から観察している者達が居る。カルガラ地方軍最後の部隊。大将ディヴラット率いる第五部隊だ。彼らは武器を持つ手を震わせている。恐怖?否。多くの仲間を惨たらしく殺めた存在が、直ぐそこにいる。無防備な状態で。
……彼らの感情の多くは、怒り。それ以外は、喜び。ようやくこの手で仲間達の仇が取れる。

「良いな。確実に殺すのだ。再生能力が優れているからといって、不死身であるとは限らん。そも、不死身の生命など……ともかく、切り刻め、潰せ、肉片の一欠片も残すな」

ディヴラットが目配りしながら、厳しい目で部下達を見やる。第五部隊の兵達は力強く頷き、それに応える。

「……遺された者達のための戦いだ。死者を死者として受け止め、区切りをつけるための。行くぞ」

双眸をぎらつかせながら、ディヴラットは剣を掲げた。月の光を受け、鈍い光が刀身を塗った。直後、鬨の声が湧き上がった。この場にいる者達の声ではない。声の発生源は、下。花畑の周辺の雑木林。少女を取り囲むようにして、分隊が歩を進める。

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少女は、ソフィジアは突如として静寂を切り裂いた声に驚いた。下ろしていた視線を上げ、周りを見る。兵隊。武器。敵意。殺意。

「……あぁ……」

彼女の透き通るような青い目に、恐怖の感情が。同時に、恐怖でない感情が見え隠れする。

「だめ、なの……いやだ……もう……いや……」

俯き、髪を掻き毟る。その手の勢いが徐々に強まっていく。爪が黒く変色し、鋭く尖っていく。錯乱する彼女の目に、酷く汚れた赤色が混じり出す。
必死に噤んでいた唇の端が、緩み、喜色に歪み出す。ソフィジアは抵抗する……しようとした。だが直ぐに諦めた。最早、意味のない行動だと、幼い心でも判断できた。捨てよう。

捨ててしまえ。

「あは。あは、ははは!」

勢いよく顔を上げる。月と目が合う。ソフィジアであった者は、目を剥き、哄笑する。両腕を広げ、嗤う。その口からドス黒い流動物質が溢れ出す。口だけでなく、目や鼻、耳からも。

「……!!」

「!……」

「!!……!……!!」

兵隊たちが何やら叫んでいる。鼓舞の声だろうか。ソフィジアには聞こえていない。
彼女は月に向けていた目を、彼らに向けた。口元に弧を浮かべながら。

兵が連携を取りながら襲いかかる。ソフィジアは流麗に躱す。赤の目が、閃光を、軌跡を残す。彼女はまるで舞をしているかのように。鋭く尖った黒い爪を振るい、鮮血の華を咲かせる。満ち満ちに満ちた、月明かりの下で。
彼女が舞う度、赤が迸り、そしてそれらを黒が塗り潰していく。黒は地に落ち、花の園を腐蝕させていく……。

「……!!」

悲鳴ではない声が上がる。ソフィジアは声の方を見る。麻の縄が飛んでくる。先端の鉤爪が、彼女の両腕、両脚、首に食い込み、白の肌に赤が滲んだ。
ソフィジアは嗤う。嗤いながら、胸を反らした。彼女の肋骨が形状を変えながら飛び出す。兵士の何人かは肋骨に心臓を貫かれた。だが残りの者達は抵抗し、武器を用いてこの攻撃を流していく。
そうしている間に、新手が現れる。ローブに身を包んだ者達だ。彼らは何やらブツブツと……。

「うあっ?」

ソフィジアの身体が、一瞬びくりと震えた。彼女は異常を察する。身体が、動かない。
直後、山の方から大きな声が届いてきた。

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ディヴラット率いる本隊が勢いよく進行し、ソフィジアを囲む。

四肢と首に鉤爪を食い込ませられ、魔術によって拘束され。大勢の兵達に囲まれても。それでも尚、ソフィジアは嗤っていた。
ディヴラットは歯軋りをしながら彼女を睨みつけ、剣を振るう。言葉を投げかける意味も、必要もない。剣を振るう。

「げうっ……ふ、ふふふふ……」

腰の辺りに深々と刃が突き刺さる。黒い流動物質が僅かに流れる。拘束魔法の効きはかなり良好な状態にあるらしい。

「……よし。者ども、やれい!仇を!仇を!!」

ディヴラットが力の限り叫ぶ。第五部隊の面々は鬨の声を挙げ、ソフィジアに襲いかかった。血と肉が飛び散る。
抵抗の素振りも見せず、ソフィジアは嗤い続ける。ディヴラットらは容赦無く攻撃を加える。彼らにとって、ソフィジアは化け物であり。少女だとは思っていない。殺意だけがあった。

「ぶぶっ、ふ、ぐぎっ……ひひ」

斬られ、肉を削がれ、鉤爪が離れる。魔法による拘束は強力であり、鉤爪が無くともソフィジアは動けない。右腕が千切れ飛んだ。千切れ飛んだ右腕を、兵達が血眼になりながら切り刻んでいく。

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鬱蒼とした雑木林の中。黒い髪を後ろで結った少年が歩いていた。釣竿を肩にかけながら。無感情な目で、凄惨な光景を横目に見る。少年はそのまま歩いて行き、何事もなかったかのように通り過ぎていった。

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……どれほど時間が経っただろう。第五部隊の面々は返り血に塗れながら、肩で息をしていた。眼下に広がる血と肉塊。

ディヴラットの額に脂汗が浮かぶ。彼は魔術師を呼びかけた。

「……氷魔法を」

「了解」

魔術師の一団が肉塊に近づく。彼らは正規の兵ではない。高い金で雇った非正規の傭兵……のようなものだ。彼らの魔法は強力であり、かの化け物を拘束することに何の問題も見せなかった。

魔術師の一団が詠唱を始める。ディヴラットらは注意深くその様を見つめる……。

「む?」

魔術師の一人が、何かを感じた。足元を見る。何か、黒く小さなものが……動いている。

「どうした」

「見よ。魔物だ。小さいが……」

「魔物?」

「蜘蛛のような形状の……待て。数が」

彼らが口々に呟く。小さな蜘蛛のような魔物は数を増していく。ここで魔術師達は顔を見合わせた。そして、肉塊を見た。黒い蜘蛛のような魔物は、そこから滲み出すようにして出現している。蜘蛛だけではない。黒の流動物質も流れ出している……。

「詠唱を速めよ!」

リーダー格の魔術師は言った。いや。言い切れなかった。なぜか。その顔に穴があいてしまったからだ。穴が。

「え?」

「なに」

「どうした?」

「なにがあっぎゅぎ」

リーダー格だけでない。次々に。死んでいく。黒い円柱状の棘が。彼らを刺し貫き。死へと誘っている。

ディヴラットが声をあげた。退避せよ、と。一秒後、黒の流動物質が噴水のように噴き出し、肉塊を包み込んだ。その間にも、円柱状の棘は散り散りに飛んでいく。第五部隊の兵達が死んでいく。ディヴラットは目を見開きながら、部下達と共に退却していく。

「クソ!これでもダメか!おのれ、次こそは……!?」

彼は後方を見ながら、大きく口を開け、驚愕した。肉塊を包み込んだ黒の流動物質が、質量を増している。そして……そこから、巨大なモノが姿を現した。
真っ黒な蜘蛛。恐ろしく巨大だ。八つの目が赤々と光り……一直線に光が伸びた。

ディヴラットらは避ける間も無く、その光に直撃してしまった。瞬間、想像を絶する痛みが彼らを襲った。地に転がり、身悶える。立ち上がることすらままならない。
そんな彼らに、巨大な蜘蛛は近づいていく。その蜘蛛の頭頂部から、少女の女体が生えた。上半身だけが。白く艶やかな長い髪、雪も恥らうような白い肌。それらにはアンバランスなほどに汚れきった赤い目。

「……ひ、ひっひひ……!あは、ははは!」

少女は高らかに嗤った。
そして、地を這うディヴラットらに掌を向け。

「じゃあ。こわす、ね?」

掌から黒い棘が糸のように伸び、彼らの身体を刺し貫く。悲鳴。ソフィジアは恍惚に身体を預けながら、掌を上へ上へと上げていく。彼らの身体が持ち上がり、宙に浮かぶ。
ディヴラットは痛みと恐怖に顔を歪ませながら、もがく。無駄な抵抗であった。

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無数の屍の上に黒の流動物質が重なり、溶かし、またソフィジアの元へと帰っていく。異形の姿をしたソフィジアの元へと。巨大な蜘蛛を下半身に生やした彼女の体は、歩行の度に力無く揺れる。
行き先は。どこだろうか。今はわからない。だが何れ分かることだ。ソフィジアは、また嗤った。酷く歪んだ笑みだった。