置き去りの犬 | そらねこカフェ・店主ゆぎえみ

そらねこカフェ・店主ゆぎえみ

日々の思いを書いてます。





私が時々通る道にとても洒落た家があります。

門があって、石畳が続くとてもりっぱな家で、庭には白い犬が繋がれていました。


もう老犬です。
私が通り掛かるとしっぽを振るので 撫でたいなと思いますが 敷地の中に入らなければならないので いつも声だけ掛けていました。


「こんにちは」


声に反応してまたしっぽを振ります。
頭のいい犬です。

だけど最近になって、家の灯りを見なくなりました。
いつもきっちりとしめられた雨戸とガレージ。


私はなんだか不安になって毎日そこを通っていました。


ある日、絶対鳴かない犬が鳴きました。くうーんと言ったその声は、確かに私に向けられていて、掠れていました。

いてもたってもいられなくてそっと近くに行くと 水の入れ物も餌の入れ物も誇りを被ってカラカラでした。


私は持っていたペットボトルのミネラルウォーターを水入れにあけました。
犬は啜るように水をなめ飲み、 あっという間にカラにしてしまいました。



私は近くのコンビニでもう一本の水と犬の餌を買って その家に戻りました。

もしかしたら 何か理由があって 絶食させているのだろうか?
ふと不安がよぎりましたが 餌と水を置きました。
かぶりつくように餌を食べて かぶりつくように水を飲みます。

杭に絡まっていた綱をもとに戻してやると 小屋の中に戻って行きました。





次の日から 私は毎日 犬の様子を見に行きました。
だけど家の人が戻っている様子はありません。

私が知らないうちに来ているのかも知れないと、食べ終わった犬のお皿に目印をして置いても次の日もそのままでした。

私は犬に餌をやるのが日課になりました。



そっと忍び込んで行くとしっぽをふって喜んでくれます。
頭も撫でてみました。


とても優しい目をしています。



首を掻いてやりました。


目を閉じて気持ち良さそうですが、膿を伴った潰瘍の匂いがしました。

犬は後ろ足を片方しかつきません。
足の付け根にこぶがあって痛いのでしょう。


小屋の中で横になるとき、足が少し浮いていました。





人には事情というものがあります。
辛い事情です。
ましてやこの時代に置いて 人の抱える事情は計り知れない事でしょう。

犬の小屋はとても立派で過ごしやすい工夫がなされていました。

今は汚れて、今にも壊れそうですが 飼い主のかつてあった愛情を感じます。
だからこそ、そこに生じた事情がとても悲しく思えてなりません。

いつだって事情の波は弱い者へとやってきます。

動物 子供 高齢者

法律が守り、法律が追い込みます。

不法侵入及び、他人の「もの」への勝手な関与。
確かにいけない事ですが、私はもしも罰せられるのであればそれはそれで仕方ないなと思っていました。

そしていつものように犬に会いに行ったある日、そこにはもう犬はいませんでした。


小屋と鎖だけ。



久しぶりに戻った飼い主さんがサインをして誰かが犬をはこんだそうです。

飼い主さんは犬の頭を撫でてくれたでしょうか?

もし、ちょっとでも触ってくれたなら、犬は最後に、私なんかに会えるより、絶対に嬉しかったはずです。



私はちょうどひと月犬に会いに行きました。

犬が死んでいたら、飼い主さんは自分の手で、手放すであろう自分の庭の片隅に、犬を埋めるつもりたったのでしょうか。


私にはわかりません。

人にはそれぞれの抱える どうしようもない事情と苦しみや悲しみがあります。悲しみの受け止め方も違います。
だから私は誰の事も責める事はしないし、出来る立場ではありません。

ただ悲しくて泣けてきて仕方ありません。


私に何が出来たでしょうか。


私は何かをやり残していたでしょうか。

その道を通る事はもう出来ずに 私は少しずつ忘れていきます。