今回はサウジアラビアのイメージの一つである王族についての話をしよう。サウジアラビアに限らずアラビア半島にある産油国に抱くイメージの一つに「アラブの石油王」というイメージがあり、ここから転じて「アラブの石油王の娘との結婚」というサクセスストーリーをイメージする人が少なくない。私自身も独身であることから、今回の赴任に際して「アラブの石油王の娘と結婚して、石油王になれよ!」と言われることが少なくない。それほどまでに、「アラブの王族」というのはアラブを語るうえで外せない要素となっている。

念のため書いておくと、仮にサウジアラビア王室の王女と結婚する場合、まずその王女様の父親、つまり国王か王子に認められなくてはならない。めでたく父親に認められたとしても、結婚する場合にはイスラム教徒に改宗しなければならない。また、言語的にもアラビア語を不自由に話せることが不可欠となるだろう。イスラム教徒に改宗した場合、お酒も豚肉も嗜めなくなってしまうわけで、これは非常につらい現実である。そう考えると、王女様に限らずサウジアラビアで現地女性と結婚するよりも、日本で結婚相手を見つけてこれを説得してサウジに連れて行くという方が現実的だろう。

さて、よく話に出てくる「アラブの王族」であるが、ここではサウジアラビアの国王と王族について書くことにする。サウジアラビアの現在の国王は第5代アブドゥッラー・ビン・アブドゥルアズィーズ・アル・サウード(Abdullah bin Abdulaziz Al Saud)であり、2005年に即位した。1924年生まれとされ、今年90歳の誕生日を迎える。サウジアラビアの英文ニュースサイトのアラブニュースでは、”King Abdullah”とは表記されず、必ず”Custodian of Two Holly Mosques King Abdullah”と表記される。これを邦訳すると、「二聖モスクの守護者アブドゥラ国王」ということになる。

この「二聖モスクの守護者」という尊称は、サウジアラビアがメッカとメディナというイスラム教の二つの聖地を擁することに由来する。1932年の建国から1986年までは、ヨーロッパの王室同様「国王陛下」(His Majesty King - )が用いられていたが、1986年に「二聖モスクの守護者」(Custodian of Two Holly Mosques King - )の尊称に改められた。サウジアラビア国王は単に政治的な元首という役割以上に、イスラム教上の二つの聖地を守るという特別な役割を担っているということが強調されている。

サウジアラビア国王は他の君主国同様元首の役割を担っていると同時に、首相として行政府の長を担い閣議を主宰する。また、シューラと呼ばれる諮問評議会(日本の国会に相当するが、立法権はない)の評議員を任命する。サウジアラビアにおける全ての法・条約は国王の勅令によって決定されるため、形式的には国王に絶対的な権限が付与されている。しかしながら、実質的にはテクノクラートやシューラが実務を担い、コンセンサスが重視される政治形態がとられている。

ヨーロッパや日本のような立憲君主国と異なり、王位(皇位)の継承は長子相続ではなく兄弟間相続で行われる。後述する通り、初代国王アブドゥルアズィーズに36人の王子がいたことから現在は初代国王の子の世代(第二世代)において王位継承が行われている。現在のアブドゥッラー国王は初代国王の11男にあたり、皇太子を務めるサルマン皇太子は25男にあたる。近年では第二世代の高齢化が進んでいるため、薨去にともなう皇太子の交代が起きている。現在の王位継承体制を継続する場合、時がたつにつれて王位継承の頻度が高まることが予想される。

次にサウジアラビアの王族についてみてみよう。サウジアラビアの王族は初代国王の直系の子孫のみに限られる。しかしながら、一夫多妻制を採用し、初代国王の妻が26人存在したことからその子孫の数も非常に膨大なものとなっており、一説には2,000人以上の王族が存在すると言われている。私の会社の後輩が調べた限りでは現在第6世代まで存在し、それぞれの世代ごとの内訳は下記の通りである。

第二世代:王子36人、王女27人、合計63人
第三世代:王子254人、王女250人、合計504人
第四世代:王子353人、王女363人、合計716人
第五世代:王子144人、王女122人、合計266人
第六世代:王子1人、王女3人、合計4人

この調査に基づくと1,553人の王族が存在することとなる。サウジアラビアの全人口が2,920万人(2012年)、そのうち約3割にあたる870万人が外国人と言われているので、純サウジ人13,200人に1人が王族ということになる。高齢世代の数が今後減ってゆき、女系の子孫は王族と見なされないとはいえ、王族の数が年々増加してゆくことは必至である。

これだけ王族が多数いることを考えると、王族としての権力や権威のインフレが起きていることも事実である。王族の中でもその母親の出自によって政府や軍、企業の要職に就任できる者とそうでないものに分かれる。有力王族の場合、国防相、外相、内相といった枢要閣僚ポスト、主要国大使、軍司令官、地方知事などに就任する。ちなみに枢要閣僚ポストであっても財相、石油相、労相といった経済閣僚には実務派のテクノクラートが起用されることが多い。

一夫多妻制という現実もあり、王族の数は増えることはあっても減ることはない。一方で、政府や企業のポストに限りがあることを考えると、王族がポストを奪うという現実が発生することも考えられる。近い将来、王位継承問題も含めて王室改革の機運が高まることも予想される。