前回までサウジアラビアの王族、石油についてそれぞれ触れてきた。今回は講演会の最後に触れた労働問題について触れたい。意外かもしれないが、ここ数ヶ月間サウジアラビアについて勉強する中で最も関心を抱いてきたのが労働問題である。なぜ関心を抱いたかは非常に単純な理由で、自分自身の就労ビザの問題とアラブニュースで最も扱われる頻度が高かったことによる。

現在私がサウジアラビアの情報収集で最も重宝しているのがサウジアラビアの英文ニュースサイト"Arab News"である。毎日大体7~10本程度の記事をピックアップしてこれをプリントアウトして熟読、特に気になる情報についてはノートにとるようにしている。大体3ヶ月ぐらいこの習慣を続けているのだが、ファイルとノートを見返してみると圧倒的に労働問題が多いことがわかる。これは労働問題の記事の絶対量が多いことに起因する。

サウジアラビアの労働問題は主に次の三点に分けられる。

①失業問題(特に若年層および女性の失業問題)
②雇用促進政策(特にNitaqatプログラムとサウダイゼーション)
③外国人労働者問題(特に不法就労問題)

これら三つの問題を考える上で、そもそも前提となる情報を整理しておきたい。サウジアラビアの全人口は2,920万人であり、この内の30%にあたる870万人が外国人労働者であるとされ、外国人労働者の中には約500万人の不法滞在者が含まれるとされる。サウジアラビアの人口は年々増加をしており、近年は年間2~3%程度の人口増増加が見られる。この人口増加の中で失業率も上昇しており、2012年度の失業率は12.1%であった。もっとも若年層と女性の失業率は高く、それぞれ30%、36%となっている。(若年層と女性の失業率については、その定義に不明点があることに留意する必要がある)。

三点について触れると非常に長くなってしまうため、今回は①失業問題と②雇用促進政策について触れることとし、③外国人労働者問題については後日触れることとしたい。

サウジアラビアの失業問題にはいくつか理由がある。

第一に、そもそも勤労意欲が低いということである。前回も書いた通り、サウジアラビアは豊富な石油資源を原資として福祉が充実している。このため、働かなくとも最低限の生活を政府が保障してくれるという状況がある。また、物事の優先順位がお祈り、社交、仕事となっており、「労働」という発送がそもそも希薄であることがあげられる。

また、メイドや運転手、作業員といった下働きのような仕事はサウジ人ではなく低賃金で高品質な外国人労働者が担っており、「外国人労働者が何でもやってくれる」という労働慣習が形成されている。

もっとも「働かざるもの食うべからず」という言葉に代表される「労働価値説」は、近代ヨーロッパで形成された一つの価値観にすぎないということを理解しておく必要があるだろう。サウジアラビアでは、豊富な資源と充実した福祉ゆえに働く必要がほとんどないのである。

第二に、労働条件が劣悪であることがあげられる。映画『少女は自転車にのって』のシーンにも登場するが、自宅から職場までが遠く、通勤に長時間を要したり、労働時間自体が長時間であるということがある。

サウジアラビアでは女性が自動車の運転を禁止されているため、遠距離の通勤にはタクシードライバーの存在が欠かせない。このタクシードライバーも毎日確実に迎えに来てくれるわけではなく、不法就労者ということもある。また、通勤手当が不十分であることからタクシー代を自己負担する必要に迫られることもある。

アラブニュースを読む限り、サウジアラビアの女性の間で人気の職業は教師であり、不人気の職業は看護師である。教師が人気である理由は、勤務時間が規則的で、女子生徒のみを相手にすればよいことにある。一方、看護師が不人気である理由は、勤務時間が不規則で、男性患者も相手にしなければならないことから、そもそも家族が看護師になることを了承しないようである。

男性の場合、最も人気のある職業は公務員や国営企業の職員であり、人気の理由はやはり時間が規則的であることによる。物事の優先順位がお祈り、社交、仕事というのは、男性の職業嗜好にもよく現れていると言えよう。

サウジアラビアの雇用促進政策としては、Nitaqatプログラムとサウダイゼーションがあげられる。

Nitaqatプログラムは政府が年間120億SR(3,240億円)を拠出して雇用の創出と雇用支援を図る政策である。失業手当やマッチングイベントの充実、小売業の雇用支援に力を入れている。小売業の雇用支援においては、化粧品・下着売場での女性店員の義務化を実現している。

もっともNitaqatプログラム導入にも関わらず、サウジアラビアの失業率は依然として10~12%で推移しており、シューラ(諮問評議会)では同プログラムの実効性について疑問視する声も少なくない。また、Nitaqatプログラムの対象となる企業はリヤドやジェッダといった大都市である場合が多く、地方への適用がまだまだ進んでいないという現状もある。

サウダイゼーションは外国人労働者をサウジアラビア人に置き換え、企業におけるサウジアラビア人比率を高める取り組みである。サウジアラビア人を積極的に登用させることで、サウジアラビア人の失業率の改善を図ることを目的としている。2012年11月以降はサウジアラビア人の雇用比率が50%を下回る企業には課徴金を課し、次回の外国人労働者問題でも触れるように不法就労者取り締まりの強化を図るようになった。

さて、次回はサウジアラビアの労働問題の根幹とも言える外国人労働者問題について考える。