前回からサウジアラビアの労働問題について触れ、既に失業問題と雇用促進政策について触れた。今回はサウジアラビア国内に870万人(全人口の30%)と言われる外国人労働者と、外国人労働者の6割弱を占める不法就労問題について触れる。前回の冒頭でも触れた通り、アラブニュースでは連日労働問題の記事を目にすることが多い。その中でも外国人労働者関係のニュースは群を抜いている。

サウジアラビアの外国人労働者は大きく二つのカテゴリーに分けられる。ひとつはプラント建設・運転を管理・指導するエンジニア、外資合弁会社のホワイトカラーといった知識労働者であり、欧米、日本、韓国といった先進国から集まる。私自身も現地企業との合弁会社で人事の業務を行うため、こちらに分類される。

もうひとつはメイド、運転手、建設作業員、プラント運転員といった単純労働者である。その国籍はイエメン、スーダン、エジプト、エチオピアといった近隣国から、フィリピン、インドネシア、インド、パキスタン、バングラデシュといった東南アジア、南西アジアから集まる。

第1回目でも触れた通り、サウジアラビアでは基本的に就労ビザがなければ働くことができない。ビザ発給にあたっては受入先企業がビザ・スポンサーになる必要があり、スポンサーとスポンサーが発行するInvitation Letter(招聘状)なくして就労ビザを取得することができない。ちなみに私の出国が大幅に遅れているのは社内事情で受入先企業からの招聘状発行が遅れたことに起因している。

知識労働者の場合、本国でどこの大学で何を専攻してどの程度の学位を得たか、就職後にどのような経歴を歩んできたかについて詳細に記述したCurriculum Vitae(職務経歴書)が必要となる。高度な専門性を持っている場合は招聘状の発行、ビザの発給ともにスムーズに行くとされる。ビザ発給後はスポンサー企業においてビザに記載された業務のみで仕事をすることが可能である。基本的にスポンサー企業の管理がしっかりしていることが多いため、知識労働者が不法就労者になるというケースはほとんど見られない。(しかし、当局側から難癖をつけられることは稀にあるらしい)。

単純労働者の場合もビザ発給にあたってはスポンサー企業が必要となり、発給後はスポンサー企業においてビザに記載された業務のみで仕事をすることが可能である。たとえばタクシー会社においてタクシー運転手として働くとされる場合、タクシー会社を移籍することも、タクシー運転手以外の職種に転職することもできない。

しかし、スポンサー企業がスポンサーシップを握っている関係で、外国人労働者を劣悪な条件で雇用している企業が存在する。外国人労働者としては多少劣悪な条件であっても、本国への送金の必要性から劣悪な条件を受け入れるということも少なくない。

一方、就労ビザ期限が切れたり、スポンサー企業がスポンサーシップを打ち切った後もサウジアラビア国内に留まり不法就労者になるというケースがある。最近特に深刻なのは、前回触れたサウダイゼーションにより外国人労働者をサウジアラビア人労働者に置き換える影響で、スポンサーシップが突然打ち切られ、不法就労者に堕するという事態である。

不法就労者に堕した外国人労働者は低い賃金でも仕事を続けようとする。コストカットを図りたい中小企業は違法と認識しつつも、これらの不法就労者を雇い入れ、さらに劣悪な条件を強いるという悪循環が起きている。

サウジアラビア当局は不法就労者問題を重視して、最近では頻繁に摘発と国外退去を行うようになった。たとえば2013年12月には全国で一斉摘発に乗り出し、12万6,000人の国外退去を行った。もっともこの摘発にあたっては、3~4ヶ月ほど前から当局側が摘発を予告していたため、不法就労者によっては一時的に国外退去をしていた者もいた。一斉摘発・国外退去が行われたものの、その1か月後には不法就労者がサウジアラビア国内に戻り、路上で果物の販売を行う姿が見られていることを考えると、当局の取り締まりが十分な効果をあげているとは言いがたい。

また、当局が取り締まりを強化することで、メイドや運転手、建設作業員が不足する事態も起き、サウジアラビア経済が麻痺しかねない状況も創出される。前述の通り、中小企業においては不法就労者を雇い入れることによって経営が成り立っている企業も少なくない。すなわち、不法就労者の存在によってサウジアラビア経済が成り立っていると捉えることもできるため、当局の取り締まり強化はかえって経済成長を鈍化させると考えることもできるのである。

国内経済を維持するためには取り締まりと黙認の「バランス感覚」を持つ必要があり、これを実施しているというのがサウジアラビアの現状と言えるだろう。

以上で2月11日に開催したRoad to Kingdom of Saudi Arabiaの講演録を一旦締めくくりたい。今回講演会という形でサウジアラビアの現状を説明したが、今回の講演は全て紙ベースで読んで得た知識にすぎない。そのため、サウジアラビアの本当の現状については当然カバーできていない。何が現実であるかについては、実際にサウジアラビアに赴任してから見て、考えて、書いてゆきたいと思っている。

ビザ発給において既に3ヶ月以上待たされ、今回の講演会はその待ち続けた3ヶ月間で得たサウジアラビアの知識を披露させていただいた。サウジアラビアには「インシュアラー」(アラーのみぞが知る)という言葉があり、この言葉が多用されるという。今回待たされた3ヶ月間というのは、「サウジアラビアについて少しでも学んでおけ」というアラーの思し召しなのかもしれない。そう考えると、これもまた「インシュアラー」ということなのだろう。