サウジアラビアに赴任して1ヶ月がたった。初めての海外赴任というだけでなく、「人事」という仕事を本格的に始めて1ヶ月がたったのだが、この間折にふれて「駐在員人事」という仕事について考える機会に恵まれたと思う。

「駐在員人事」の業務の目的は、言うまでもなく「赴任者が赴任してから帰任するまで大過なく生活し、業務を遂行できるようにすること」にある。その業務は赴任国における諸手続から住居手配、生活インフラの構築、人事政策の企画・立案・調整・運用、各種トラブル・シューティングと実に幅広い。要するに「人」に関係することは何でもやるということだけど、「人」という「感情」を持った存在を相手にすることから、全て「合理的」に考えるだけでは済ませられないというのが現実である。

駐在員人事業務をする上で私自身が最も気を遣っているのは、「赴任者の抱く「不安」をいかに和らげることができるか?」という点である。なぜこの点を重視しているかというと、よっぽど慣れた人でもない限り海外赴任というものは「不安」でいっぱいなのである。私自身も今回が初めての海外赴任であるが、内示から実際の赴任まで様々な「不安」に襲われたし、赴任後の今も「不安」を抱くことがある。

私の場合は「不安」を抱いていたと言っても、そもそもサウジアラビアへの赴任を希望していたわけだから、色々なことを自分自身で調べることで解消できた「不安」もあった。しかし私のようなケースは非常に珍しく、人によっては海外赴任自体したくないという人もいる。これらの人を大過なく赴任させるためには、人事担当者が関係者と綿密にコミュニケーションを取り、慎重に段取りを行う必要がある。「備えあれば憂いなし」とはよく言ったものだが、駐在員人事の場合、「備えなければ憂いばかり」というのが現実である。何かひとつでもほころびがあると、そのほころびからどんどん大きな「不安」へとつながってしまう。

赴任時に「不安」を和らげることができれば、スタート・ダッシュに成功して好循環に入ることができるだろう。しかし、赴任者は一度「不安」を抱いてしまうとそこからなかなか抜け出すことができなくなる。例えば、語学力に「不安」を抱いている赴任者の場合、「下手でもしゃべってみる」という機会を逸してしまうと慢性的なコミュニケーション不足に陥ってしまう。コミュニケーション不足に陥ってしまうと、業務のみならず生活も立ちゆかなくなり、それが新たな「不安」となる。ひとつの「不安」は新たな「不安」を生み出してしまうのである。

「不安」の解消は赴任者本人の自己責任によるところが大きいのが現実だが、人事担当者があらかじめ「不安」の種を潰しておくことも可能である。例えば諸手続の段取りを綿密に行っておきトラブルを未然に防止したり、住居のセットアップを確実に行ったり、生活情報(何をどこで買えるか、タクシーの予約方法など)を詳細に案内しておくことで、赴任者の「不安」は幾分緩和される。

人事担当者が動くことで赴任者の「不安」を緩和することができれば、赴任者の人事担当者に対する「信頼」が生まれる。赴任者と人事担当者の間に「信頼」が構築されることで、新たな「不安」が生まれたとしても赴任者は人事担当者に相談を行うことができるため「不安」が不必要に大きくなる可能性は低くなる。

逆に、人事担当者が全く動かず赴任者の「不安」を緩和することができずトラブルが起こってしまった場合は、赴任者の人事担当者に対する「不信感」が生まれる。赴任者と人事担当者の間に「不信感」が醸成されてしまうと、新たな「不安」が生まれたとしても赴任者は人事担当者に相談を行わないであろうから、「不安」が増大し、再びトラブルが起こるということになるだろう。一度「不信感」が生まれてしまうとそれは悪循環を招く可能性が高い。

人事担当者としては常に赴任者の「信頼」を勝ち得ることで、「不安」の種をまかないことが重要となる。そのためには、赴任者との間に日常的なコミュニケーションを維持し、考えられうるリスクに対する緊張感を持って職務にあたることが重要となる。

業務の対象が「物」や「数字」ではなく生身の感情を持った「人」であるという点を考えると、「人」を十分に観察する能力というものが非常に重要なのだと思う。ここで言う「観察」というのは、単純にその人の行動を見るということではなく、その人の人となりを知るということを意味している。たとえばどこの出身であるのか、何年入社なのか、これまでのどんな経歴を歩んできたのか、趣味は何なのかといったことである。外見から見えてくるもの、既にある情報を頼りに何かを話すことはそう難しいことではないだろう。

私が尊敬する人事担当者(入社年次的には後輩、人事のキャリアとしては先輩)はとにかくこの観察力に長けている。たとえば相手のサングラスが変わったといったちょっとした点を見逃さず、そこからコミュニケーションの糸口をつかむ。このちょっとしたことが相手との「信頼」を構築し、円滑な業務につなげていることは間違いないだろう。

駐在員人事の業務を始めて1ヶ月ほどであるから、これからまだまだたくさんのことを学ぶことになるだろう。それでも今回書いた、「不安を軽減すること」と「信頼を勝ち得ること」というのは駐在員人事にとって非常に基本的なことではないかと考えている。