日本ではどのように伝えられているかはわからないのであるが、サウジアラビアでは4月以降MERS(Middle East Respiratory Syndrome、中東呼吸器症候群)の死者と感染者数が増えている。新種のコロナウイルスの感染症であり、2012年9月に最初の死者が確認されて以来、5月10日現在感染者数496名、死者133名となっている。死者のうち126名がサウジアラビア国内であり、他7名についても中東諸国への渡航経験者とのことである。

私がサウジアラビア情報を収集するうえで重用しているArab Newsでは4月以降MERSの記事がない日はないと言ってよいくらい4月以降急激に死者と感染者が増加している。私のノートに残されたメモをたどってゆくと、2月17日の時点で感染者145名、死者60名だったものが、5月4日時点感染者数411名、死者112名となり、本日5月10日の時点で感染者数496名、死者133名となっている。

感染源としてはラクダが疑われており、感染経路としてはMERSウイルスに罹患したラクダへの直接接触であるとされている。サウジアラビアの場合、日常的にラクダと接する機会がある。私自身、自分が住んでいるコミュニティのほど近くで写真のようなラクダを見たことがある。また、ラクダのミルクや肉が頻繁に飲まれたり食べられたりすることもあり(残念ながら私自身はまだ経験はないが)、サウジアラビアでの食生活にラクダは欠かせないものということらしい。このような事情もあり、サウジアラビアのMERS感染者は他国と比べて突出しているようである。



こうした事態を受けてサウジ国内ではラクダのミルクや肉の消費量が激減しており、ラクダの価格は半値以下に暴落している。ジェッダ市当局はMERSウイルスへの感染が疑われる500頭以上のラクダの焼却処分を行い、消毒の実施も行っている。もっともこれまでに確認されている感染例はいずれもヒトからヒトへの感染例であり、ラクダからの直接感染ではない。

ヒトからヒトへの感染としては、MERS感染者から心臓病患者、腎臓病患者、糖尿病患者などへの感染により死に至るケースが非常に多く、抵抗力の弱っている人間が感染した場合の致死率が高いという事実がある。また、MERS患者を担当している医師や看護師と行った医療従事者の感染例も多く、病院内の管理体制の強化が求められている。

サウジアラビア政府はMERSの感染拡大を問題視している。特にサウジはメッカおよびメディナというイスラム教の二大聖地を抱えており、MERSの感染拡大は増加しつつある巡礼者数に冷や水を浴びせ、同国の巡礼ビジネスに大きな影響を与える可能性が否定できない。4月にはファキーフ労働相に保健相代理を兼務させることでMERS問題への対応を強化した。今後6~7月にラマダーン、10月にハッジを迎えることで、サウジは海外からの巡礼者を数多く受け入れることになる。巡礼者の増加にともない、国外にMERSの感染拡大の恐れがあることからサウジ政府ならびに世界保健機関(WHO)は対策を急いでいる。

サウジ国内の反応としては、感染拡大防止を企図した子女の登校自粛や消毒の徹底、感染防止グッズの需要増大などがみられる。先週から職場や住居、飲食店に消毒器が設けられたり、マスクやビタミン剤の品不足などの状況が見られる。また、出張や送迎などで空港に行く際はマスクの着用が推奨される。

4月以降死者および感染者数がこれまでのペースよりも早く増加していることを考えると、対策が遅れることで死者および感染者が劇的に増加する可能性が否定できない。MERSの大流行が起きた場合、サウジ国内の原油生産の低下、一般消費の低下、巡礼者数の減少といった経済への影響が否定できない。また、巡礼者を介した他のイスラム諸国へのMERS感染の拡大が予想される。

MERS問題に対する日本国外務省の対応は次の通りである。外務省は2013年5月14日付広域情報「新種のコロナウイルスの感染拡大について」において注意喚起を開始し、2014年5月2日に最新版を公表している。在サウジアラビア邦人に対しては、在ジッダ日本国総領事館より注意喚起がなされている。