就職した頃だったか父から「仕事のV.S.O.P.」という話をされたことがある。父のオリジナルの話であるかどうかは分からないのだが、就職をしてからも折に触れて好んでこの話をしてくれる。父が私にしてくれた話の中で間違いなくベスト5には入る話なので鮮明に記憶に残っている。兄にもこの話をしていたらしく(おそらくは兄に話した後に私に話したのだろうが)、その話を始めようとすると「あー、例の話ね」と応えるくらいだからおそらく兄の中でもお気に入りの話なのかもしれない。以下では父から聞いた話をふまえて、自分なりに理解したことをまとめておきたい。

「V.S.O.P」というのは言うまでもなくブランデーの等級のひとつで、”Very Superior Old Pale”(とても優れた古いブランデー)の略称である。これに倣って仕事人生の段階を①Vitality、②Specialty、③Originality、④Personalityの四段階に分けている。

①Vitalityの段階
入社後の数年間、がむしゃらに仕事をするのは”Vitality”の段階である。体力も知識吸収力もある時期にとにかく仕事量をこなすのである。ちょうど若いころに筋トレをして基礎体力を養ったり、勉強をして知力を養ったりすることに近い。上司や先輩から与えられた大量の仕事を時間をかけてでもとにかくきちんとこなせるようにするそんな段階である。

②Specialtyの段階
同じ業務を数年間こなすことで、その業務に一家言を持てるようになるのが”Specialty”の段階である。仕事の量をそれなりにこなしてゆくと誰もがその仕事について次第に”Specialty”(専門性)を身に付けてゆく。経理の人間であれば一般的な会計制度については身に付くため、たとえ経験したことのない事例であっても、それまでに培った会計知識や業務経験をうまく組み合わせることによって適切に課題を解決することができるようになる。このような知識や経験を有機的に組み合わせられるようになった時、私は「”Specialty”が身に付きつつある」と考えるようにしている。

③Originalityの段階
“Vitality”と”Specialty”の段階では「既にあるもの」に立脚した仕事で問題ないが、自ら仕事を「創り出す」ことが”Originality”の段階では求められる。 “Vitality”と”Specialty”が自己完結的で「既知」のもののインプットとアウトプットであることを考えると、”Originality”の段階は自分とは異なる”Specialty”を持った「未知」のもののインプットとアウトプットが求められる。

④Personalityの段階
“Vitality”、”Specialty”、”Originality”の三者を兼ね揃え、さらに人を引きつけるようになるのが”Personality”の段階である。自分の下位の者に対して「いつかああいう風になりたい」、「いつかああいう仕事をしたい」と思える人材になることである。

会社生活を送っていて思うのは、自己完結性を持つ”Vitality”と”Specialty”を持つことはさほど難しいことだとは思わない。しかし、”Originality”の段階に達することができるのはそんなに多くはないし、”Personality”の段階に達することができる人は稀有だろう。

この話を聞いた当初、①~④は職位に応じていて、直線的に得てゆくものだと思っていたが、実際に仕事をしてみるとそうではないという感覚を覚える。たとえば、”Vitality”と”Specialty”は”Vitality”→”Specialty”の順番かと思っていたが、人事異動で全く新しい部署に移った場合、”Vitality”と”Specialty”が併存することもある。”Specialty”がなくてもそれまでのキャリアが「広く浅い」ものである場合は”Originality”が発揮されることもある。また、”Originality”がなくてもそれまでのキャリアが非常に専門特化したものである場合、多くの人に慕われなくとも”Specialty”の分野で強い”Personality”を発揮することもある。

では、自分自身は現在どこに位置するのであろうかと考えてみる。私の場合、入社以来経理と購買を歩み、現在は人事・総務を担当している。個別分野に対する”Specialty”がないというのが特徴である。だが、個別分野に”Specialty”がない一方で、「分野横断的に業務を考える」という能力が身に付いたと思う。同じ事象について、経理であればどう考えるか、購買であればどう考えるか、人事・総務であればどう考えるかという視点を持っていると同時に、経理であればどういう点をあまり考えないか、購買であればどういう点をあまり考えないか、人事・総務であればどういう点をあまり考えないかという妙な能力が身に付いた。”Specialty”は必ずしも高くないけど、”Originality”のようなものが少しずつ養われているように思う。

そう考えると今の自分はハードな仕事をこなす”Vitality”と、人事・総務業務を極めるという”Specialty”と、これまでの様々な業務経験を有機的に結び付けて新しいものを生み出すという”Originality”を同時に養わなければならない時期なのかもしれない。