News Picksの連載企画で「駐在員妻は見た!」という連載が始まり、サウジアラビア駐在員の妻のコラムが掲載されている。私自身もサウジアラビアに駐在している人間なので、コラムと連動して関連するトピックについて私自身が見聞きしたり、経験したエピソードを綴ってみることにした。

なお、News Picksの連載企画を読むうえでひとつ気を付けておくべきことは、筆者があくまで「駐在員妻」、つまり女性であるという点である。サウジアラビアでは既婚女性の単独行動は非常に難しい。このため、筆者がサウジアラビア国内で経験できることは極めて限定的である可能性が高いということである。

また、私自身もサウジアラビアに赴任して半年ほどであり、アラビア語が話せるわけではないためその行動範囲が限定的であるという点についてはあらかじめご容赦いただきたい。さらに異国での経験というものはえてして母国での価値観に基づき書き手によって描かれると同時に、読み手もまた母国での価値観に基づいて判断しがちである点は初めに指摘しておきたい。

筆者は中東と言って思い浮かぶ定番の答えを「石油、成金、砂漠、らくだ」としているが、私自身も日本でサウジの話をするとこの4つについて聞かれることが多い。特に石油については、私自身が石油化学の仕事に携わっていることからよく話題とされる。

連載企画の第1回は「サウジ駐在員妻が震えた禁断の”酒と女”」について扱われている。よく知られている通り、サウジはイスラム教の戒律が非常に厳しいことから生活をしてゆく上で様々な制約を受ける。今回のコラムで触れられているお酒と豚肉、ポルノはタブー中のタブーとされる。

お酒については『コーラン』の「食卓の章」において、「信ずる人々よ、酒、賭矢、偶像、矢占いはどれもいとうべきものであり、サタンのわざである」と禁止されている。

近隣のイスラム諸国では非ムスリムを相手にお酒の販売がなされるが、サウジ国内では非ムスリムであってもお酒を飲むことは許されない。私の場合、サウジ国内での飲酒経験はないが、カタールのドーハとアラブ首長国連邦のドバイでそれぞれ飲酒経験がある。コラムでもふれられている通り、サウジ国内の東部州(ペルシア湾岸)のダーランやアル・コバールに住む外国人の多くはキング・ファハド・コーズウェイという橋を越えて対岸のバーレーンに渡りお酒を楽しむ。

私の場合は紅海側のメッカ州に住んでいることから、「ちょっとバーレーンにお酒を飲みに行く」ということができない。ドーハとドバイでの飲酒経験はいずれも飛行機の接続待ちで利用したラウンジでのものであり、飲酒のみを目的とした出国の経験はない。ちなみに私の場合、サウジの居住許可証(イカマ)を取得していることから、サウジ国外に出国するためには出国専用のビザが必要となる。(サウジにおけるビザと居住許可証についてはこちらを参照いただきたい)。同僚の中には、飲酒とちょっとした「所用」を目的として週末にドバイに滞在するという人もいる。

コラムの中でもふれられている通り、サウジ国内での飲酒、酒類の製造・販売、サウジ国内への酒類の持ち込みは厳重に罰せられる。つい数ヶ月前、他社のインド人の建設作業員の飲酒が発覚し、警察に拘束後、本国に強制送還されたという事例があった。飲酒のみで強制送還になるわけだから、酒類の製造・販売はさらに思い刑罰が課されると考えた方がよいだろう。

なお、酒類の持ち込み禁止は単純にビールやワイン、ウイスキーといった酒そのものに限定されない。酒類を含んだお菓子(たとえばコニャック入りのチョコレート)や調味料(みりん、醤油、味噌など)も含まれる。私の知る限り、ゴディバのコニャック入りのチョコレートを持ち込んだだけで、現物没収の上、200~500SAR(5600~14000円)の罰金が課されたという事例があった。旅行のおみやげにも十分気を使わねばならないのがこの国の難しいところである。

コラムのコメント欄にも数多く見られたが、「お酒がないとか無理!」という人は多いだろう。私もお酒が大好きな人間であるが、飲まなければ飲まないで人間何とかなるというのもまた事実である。アラブ諸国ではお酒を飲まない代わりに、「カフワ・アラビーヤ」と呼ばれる独特のコーヒー文化が根付いている。日本で飲むコーヒーとは全く異なる味のものであり、中東滞在経験のある人の多くが衝撃を受けるというが、アラブ人の社交において「カフワ・アラビーヤ」を共にすることでその絆を深めることができる。

豚肉についても『コーラン』の「食卓の章」において、「死体、血、豚肉、神以外の名によって犠牲にされたもの、絞め殺されたもの、打ち殺されたもの、墜死したもの、突き殺されたもの、野獣に食い殺されたもの、ただしお前たちが屠ったものは別であるが、そして偶像の前で屠られたもの、これらはお前たちに禁じられている」との記述があり、禁止されている。

そもそも豚を不浄なものと考えているためである。豚肉はおろか豚の脂を含む調味料も禁止されている。かつて味の素がインドネシア(世界最大のイスラム人口を抱えている)において豚由来成分を含む調味料を販売したところ大問題になったのもこのためである。

サウジの近隣諸国においてお酒は供されるものの、豚肉が供されることはまずない。そして入国時の手荷物検査において豚由来の食品を所持している場合、廃棄が求められ、場合によっては罰金を科されることもある。

サウジでは豚肉を食べない代わりに、羊肉、牛肉、鶏肉をよく食べる。特に羊肉は宴会の際に供されることが多く、毎年のEid ul-Adha(犠牲祭)においては羊が1頭生贄として神に捧げられる。(イブラヒムが生贄として息子のイスマイルを差し出そうとしたところ、イブラヒムの信仰心の強さに感心した神が羊の生贄でよしとしたという故事にちなむ)。

豚肉ではないが、私も業務上「豚」に関する経験をしたことがある。現場作業員の安全手袋を手配した際に、日本国内の工場で使用されているのと全く同じ仕様のものを手配することとなった。念のため材質を問い合わせたところ「豚革」であるという。これはもしかしたらまずいと判断し、念のため「牛革」のものに差し替えを行った。荷物発送の際、梱包を開けて「何の革であるか」がチェックされた形跡があった。もし材質をチェックせずに「豚革」の手袋を送っていたら、ちょっとした問題になっていたかもしれない。

最後に「女」の問題である。『コーラン』の「光の章」において、「目を伏せて隠し所を守り、露出している部分のほかは、我が身の飾りとなるところをあらわしてはならない。顔おおいを胸もとまでたらせ。自分の夫、親、夫の親、自分の子、夫の子、自分のきょうだい、兄弟の子、姉妹の子、身内の女、あるいは自分の右手が所有するもの、あるいは欲望をもたない男の従者、あるいは女の隠し所について知識のない幼児、以上の者を除いて、わが身の飾りとなるところをあらわしてはならない」と記述されている。ポルノが禁止されているというよりは、「女性が夫や家族以外の人間に身体を見せること」が望ましくないというのが現実であろう。

実際、サウジにおいては女性はほぼ全て外出時にアバヤという黒ずくめの服をまとう。欧米人の多い外国人居住区内ではTシャツにホットパンツ姿のティーンエイジャーを見ることができるが、街に出れば女性が肌を露出しているということはまずない。またポルノでなくても女性が写った広告はモザイクのようなもので修正が施される。

ポルノについて言えば検閲によって完全に閲覧が禁止されており、コラムでもふれられている通り検閲については徹底的に実施されている。FC2動画アダルトはもちろん、日本の風俗店のサイトに至るまで閲覧をしようとするとサウジ独特の緑色の画面が出てくる。ただし、グーグルの画像検索のサムネイルだけはなぜか規制がかかっていないため、小さいサイズではあるがポルノを閲覧することは不可能ではない。

ポルノの持ち込みについては厳格に摘発される。コラムの中では商社マンのAV持ち込みの話が出ているが、おそらくほぼ毎日入国審査の際にポルノ持ち込みで摘発される外国人が後を絶たないはずである。私の知る限りでは、ハードディスクにポルノ動画を保存して持ち込もうとした人間が警察に2~3日ほど拘束され、パスポート没収の上、5000SAR(14万円)の罰金を徴収されたという事例がある。パスポート返却にあたっては、本人ではなくスポンサー会社(サウジではビザ、居住許可証を取得する際にスポンサーが必要)の代表者が身元引受人となり解決に当たらねばならないため、非常にややこしい問題に発展するのだという。

サウジの「女」の問題でよく聞かれるのは、「現地人女性との結婚」である。私自身が独身であることから、「現地人女性を見つけて結婚したら」と言われることが多い。しかしながら、現地人女性と結婚することは日本で結婚して、サウジに連れてくることよりもはるかに難しい。現地人女性と結婚するには、まず現地人女性の父親を始めとする親族に認められねばならないことに加えて、自らがムスリムに改宗しなければならない。アラブ、イスラムの文化、習俗というものを心底から理解しない限り非常に難しいことなのである。

少し長くなってしまったが、コラムの第1回を読んだ上で私の経験から補足したいことをまとめてみた。コラムのコメント欄を読む限りでは、残念ながらサウジでの生活に否定的なものが多かった。サウジについては日本での情報が少ないことから、とかくステレオタイプで語られがちである。日本での生活と比べるとたしかにサウジの生活は不便が多い。しかしながら、サウジ国内にも普通の人間が暮らしており、普通の生活が営まれている。コラムの内容を生かしつつ、私なりのサウジ生活を今後も紹介してゆきたい。