読者の方々の中で、次の国を訪れたことがある人はどれだけいるだろうか。

①中国
②アメリカ
③オーストラリア
④サウジアラビア
⑤アラブ首長国連邦
⑥カタール
⑦韓国
⑧マレーシア
⑨インドネシア
⑩ロシア

①~⑩で挙げた国は一体何であろうか?この10カ国は2013年度の財務省貿易統計の国別輸入額ランキングである。サウジアラビアから日本への輸入総額は4兆8,633億円(2013年、財務省貿易統計による)であり、中国(18兆5,807億円)、アメリカ(7兆1,403億円)、オーストラリア(5兆1,199億円)に次ぐ4位である。なお日本の輸入原油の約3割はサウジアラビア産であり、2001年以降13年連続で首位である。

トップテン入りしている国のうち中東の3カ国とロシア以外は仕事や観光で行ったことがあるという人は少なくないだろう。アラブ首長国連邦とカタールについては滞在したことがないとしても、ヨーロッパ旅行や中東旅行の際にトランジットで利用したことがあるという人は少なくないかもしれない。

しかしながら、サウジアラビアだけはおそらく行ったことがあるという人は多くはないだろう。いや、より正確に言うと、日本人はビザの関係でサウジアラビアに仕事や巡礼以外の観光で入国することはできない。(2012年以降現在に至るまで、日本に対するサウジアラビア観光ビザの発給は停止されている)。つまり日本人がサウジアラビアに行きたいと思っても、所定の手続きを踏まなければ行くことができないのである。

上述のような密接な経済関係にもかかわらず、サウジアラビアに訪れる日本人は少ない。また、サウジアラビア在住の日本人も800人あまり(2014年4月現在、外務省調べ)であり、これは近隣のUAEの約3,400人、カタールの1,100人と比べると少ない。参考までにサウジの人口は2,920万人、UAEは921万人、カタールは202万人であり、両国の国土はサウジと比べるとはるかに狭い。人口と国土面積を考えると、サウジの在留邦人数は比較的少ないことがわかる。

サウジアラビア国内の外国人労働者は936万人(2012年、SAMA暫定値)であり、これは全人口の約3分の1にあたる。また、先日のハッジ(大巡礼)期間中には140万人の外国人巡礼者がメッカを訪れている。このような事実から考えると、「サウジアラビアが閉鎖的な国である」というのは客観的事実と照らし合わせると必ずしも正しくないだろう。サウジアラビアは「限定的に開かれている国」である。経済関係が非常に強いとはいえ、主にビザの関係から日本人に対しては「開かれていない国」であるというのが現実である。

では、この日本人に対して「開かれていない国」にいる日本人はどのようにして入国し、居住しているのだろうか?残念ながら詳細な統計を示すことができないが、肌感覚としてサウジ国内に住む日本人の多くが石油精製・化学分野に従事するビジネスマンとその家族であると推測する。ビジネスマンの場合、基本的には就労ビザを取得して入国し、「イカマ」と呼ばれる居住許可証を取得することとなる。私の場合も就労ビザを取得して入国し、イカマを取得して居住を続けている。

サウジアラビアのビザを取得するにあたってはまずスポンサーが必要となる。労働者の場合、サウジ国内での雇用主がそのままスポンサーとなることがほとんどである。ちなみに、ビジネスマン向けのビザとしてVisiting Visa(商用ビザ)と呼ばれるものがあり、1回しか入国できないSingleタイプと、3ヶ月間出入国が可能なMultipleタイプのものがある。Singleタイプ、Multipleタイプのいずれも連続滞在日数は原則30日と定められている。

日本国内で就労ビザを取得するにあたっては、サウジ国内での雇用主をスポンサーとする必要がある。スポンサー企業はビザ取得者のために雇用契約書と招聘状を発行し、ビザ取得者はその他の必要書類(健康診断書、最終学歴の卒業証明書、都道府県警察発行の犯罪経歴証明書)とともにビザ申請を行う。ビザ申請自体は1週間程度で完了するのだが、スポンサー企業からの雇用契約書と招聘状の取り寄せに時間がかかる。私の場合、手続の開始から就労ビザの受領までに4カ月半ほどを要した。

晴れて就労ビザを取得して、サウジアラビアに入国を果たしたとしてもそれで駐在員生活が始まるわけではない。就労ビザの期限は実は90日間しかないのである。この90日以内にイカマの取得を行わなければならない。なお、イカマ取得が完了し、Exit Re-entry Visa(出入国ビザ)を取得するまではいかなる理由があってもサウジ国外に出ることは不可能である。

イカマの取得にあたってはまず健康診断を受けなくてはならない。検査項目は血液検査とX線検査という簡単なものであるが、この検査でHIVや肝炎などの感染症に罹患していることが発覚した場合はイカマを取得することができず、Final Exit Visa(出国ビザ)を取得して帰国しなければならない。

健康診断終了後、政府の社会保険(Government Social Insurance, GOSI)と会社側が提供する医療保険に加入する。エンジニア・タイトルのビザ・イカマ取得者の場合はサウジ・エンジニアリング協会(Saudi Council of Engineers, SCE)への登録を行う必要がある。サウジ国内では、四年制大学において工学士(Bachelor of Engineering)の学位を取得したものでなければ、エンジニア・タイトルの就労ビザとイカマを取得することができない。(高等学校および高等専門学校卒業者の場合、エンジニア・タイトルの就労ビザとイカマを取得することができない)。

以上の手続を完了して、初めてイカマを取得することができる。入国からイカマ取得までは概ね1~1.5か月程度を要する。ちなみに私の場合、”Marketing Specialist”というタイトルで就労ビザを取得して入国したのだが、イカマの取得までに大体1か月程度を要した。

なお、帯同家族(赴任者の妻子)が帯同ビザとイカマを取得する際にも概ね上述の手続に類似した手続を取る必要がある。この場合、帯同者のスポンサーとなるのは赴任者の雇用主ではなく赴任者自身となる。したがって、赴任者のイカマが失効する場合は、帯同者のイカマも失効する。つまり赴任者と一蓮托生というわけである。

さて、無事イカマを取得したとしてもそれで終わりではない。実はイカマは内務省が発行する居住許可証にすぎない。サウジを出国する際にはイカマとは別にExit Re-entry Visa(出入国ビザ)が必要となる。サウジアラビアという国は本当に不思議で、入国のためだけではなく出国のためにもビザが必要となる国なのである。

通常の場合、イカマを取得した時点で労働者側は雇用主の企業に対してパスポートを預けなくてはならない。これは「脱走防止」のためのものであり、労働者側はイカマとパスポートを同時に持つことが許されないとされる。私の場合、日本政府と雇用主の企業の方針でイカマとパスポートの同時携帯が認められているが、出稼ぎに来ている多くの外国人労働者たちはイカマを取得した時点でパスポートを没収されるのだという。

出入国ビザの話に戻そう。出入国ビザは取得してから90日以内に出国をするか、ビザを行使しない場合はキャンセル手続をしなければならない。出入国ビザには1回しか出国できないSingleタイプと、初回出国から180日間何度でも出入国の可能なMultipleタイプが存在する。Singleタイプの場合、1回出国してしまったら失効してしまうため、再入国後に新たな出入国ビザを取り直さなければならない。

Multipleタイプの出入国ビザは政府によって認められた職位の人間にしか与えられないとされる。私の場合、単なる平社員にすぎないためMultipleタイプを取得することができず、Singleタイプとならざるを得ない。このため、出国の度に新しい出入国ビザを取り直さなければならず、自由に出入国を繰り返せるわけではないのである。

以上のように、サウジ国内で働くためには就労ビザとイカマの取得というものが非常に重要となる。私の勤務する会社の場合、就労ビザを取るための書類を作る部署があり、またイカマの発給と出入国ビザの発給を行うためにもひとつの部署がある。サウジにおいては一口に「ビザ」と言っても様々な種類のビザが存在し、それぞれのビザについて煩雑な手続を行わなければならないのが現状である。