News PicksのLike数ランキング上位に常時ランクインされている自称「ブラックジョークの方程式研究員」の某氏(以下ブラ氏)のブログにおいてしきりにサウジアラビア批判が展開されているのであるが、あまりにもお粗末なものなのでこの際きちんと反論を展開しておこうと思う。同氏はNews Picksのコメント欄を中心に、いわゆる「イスラム国」とアラブ諸国やイスラム教スンニ派を同一視するかのようなコメントも行っており、その多くが印象論に基づいたポジショントークである。同氏はNews Picksにおいて16,000人以上のフォロワーを抱え、常時Like数ランキングの上位に位置しており、アラブ諸国やイスラム教を不当に貶める発言を繰り返すことは中東に身を置く一人の人間として見逃すことができない。

今回はブラ氏の2014年12月23日の記事「ブラックジョーク的2015年未来予想」と2015年5月22日の記事「日本の議論でタブーとなっているサウジアラビア問題」に反論を行いたい。

1.「ブラックジョーク的2015年未来予想」への反論

まず内容云々以前に、ブラ氏の文章というのは基本的にわかりにくいという点を指摘しておきたい。主語と述語の関係がめちゃくちゃであったり、言葉の使い方がおかしかったり(たとえば「体制が動乱して」などという日本語は普通は使わない)、論理構成がめちゃくちゃであったり(たとえばブルジュ・ハリファのくだりなどはそもそも書く必要を感じない)、事実関係が精査されていなかったりするため、読むのが非常にしんどいというのが一読して得た感想である。おそらくは大学などで基本的な文章の訓練を積んでこられなかった方なのであろうことが稚拙な文章から読み取れる。

また、情報整理がきわめて場当たり的であることもうかがえる。おそらくGoogleを駆使して、自らにとって都合の良い記事を集めては切り貼りを行っている。(この点はポジショントークを行う方の常套手段のように思う)。通常、情報や記事を集めた場合には、自分なりの価値判断を行い、整理するものであるのだが、某氏の記事ではそれがなされているように思えない。上述のブルジュ・ハリファについてのくだりはまさにその典型であり、思いついたことを書かなければとにかく気が済まないことがうかがえる。

さて、記事の内容に入ろう。元々自身で「トンデモ予想」と宣言していることから、直感に基づいた予想であることは想像に難くない。最近の原油価格再上昇という現象を元に、「私が以前予想していた通り!」と得意気になりかねない。しかし、基本的には明確な根拠を示さずに書いているわけであるから、単なる偶然にすぎないというのが私の評価である。

「イスラム国」の指導者バグダディの「カリフ宣言」に関連して、ブルジュ・ハリファやサウード家について触れている。「ハリファ」という名前が「カリフ」に由来することは間違いないが、アラブ社会では非常に一般的な名前であり、私自身同僚の中には何人もの「ハリファ」が存在する。サウード家の中にも「ハリファ」の名前は多数存在し、それは「カリフ」を意識したものというよりも、「ありがたい名前」というのが一般的な名前である。(これは「ムハンマド」という名前が多いことと本質的には変わらない)。

サウード家があたかも現代の「カリフ」を自認しているかのような記述が見られるが、これもサウジアラビアの基本的知識を欠いたものである。「カリフ」とはムハンマドの「代理人」であり、宗教的最高権威を指す。サウジアラビアの歴史上サウード家が「カリフ」を自称したことは一度もない。サウード家はあくまで世俗権力として君臨しているにすぎず、宗教的権威までは担っていない。(宗教的権威は「大ムフティ」が担う)。サウジアラビア国王の尊称は1986年以降「二聖モスクの守護者」(Custodian of the Two Holly Mosques)に統一されており、それは宗教的権威を示しているものではない。

サウジアラビアの「イスラム国」に対する公式のスタンスは2014年8月以降に現れている。「イスラム国」への空爆が始まる1ヶ月前に宗教的最高権威にあたる大ムフティのシャイフ・アブドゥルアズィズ・アル・シャイフが「イスラム国」に対する強い非難を行っており、その後も折にふれて「イスラム国」を非難する声明を出している。(出典'Grand Mufti: Terrorism has no place in Islam' -Arab News 20 August 2014)

一方、9月から始まった「イスラム国」空爆作戦においてはハーリド・ビン・サルマン王子が空軍パイロットとして自ら空爆を行っている。その名前からもわかるようにハーリド王子は当時皇太子兼第一副首相兼国防相であったサルマン現国王の息子である。重要王族の子息自らが空爆作戦に従事したことは、サウード家、サウジアラビア軍、サウジアラビア政府が強い決意を持って「イスラム国」問題に対処していることがうかがえる。(出典'KSA throws full weight behind war on IS terror' -Arab News 25 September 2014)

このような宗教的権威、世俗権力の動きから考えると、少なくともサウジアラビアは公式の立場としては「イスラム国」を支持および支援を行っているということはありえない。とはいえ、「イスラム国」に参加しているサウジアラビア国民が2000人以上とされるという事実を考えると、一般大衆のレベルや一部の王族(王族だけで1万人が存在するとされる)の中に同調者がいることは完全には否定できない。

「イスラム国」のサウジに対するスタンスは明確に敵意を持ったものであることは間違いないであろう。このことは「イスラム国」が最近サウジ国内の政府系施設やアメリカ大使館・総領事館、アメリカ系企業・施設への攻撃を宣言していることにも表れている。「イスラム国」がサウジに対する敵愾心を強めている背景には、サウジが湾岸戦争以降アメリカとの協調的関係を強めていることや、一部の王族のイスラムの教えから逸脱した態度などによるものであると推測される。

OPECの原油減産見送りについては、「OPEC減産見送り後のサウジアラビアの戦略」においても触れた通り、対米石油輸出の確保とアメリカの中東へのコミットメントの確保という狙いがあるというのが私の見立てである。

ブラ氏は「王権争いで体制が動乱して」(原文ママ)と書いているが(それにしてもひどい日本語である。通常であれば「王族内の権力闘争激化により王制が動揺する」という日本語が適当であろう)、具体的な権力闘争については詳細な情報を入手していないがゆえに記述されていない。この辺の基本情報の調査不足はブラ氏のブログ記事やコメントの最大の弱点であり、印象論を強める根拠になっている点は明確に批判しておきたい。

1月にアブドゥラ前国王が崩御した後、サルマン現国王が即位した。サルマン国王はわずか3ヶ月ほどで皇太子兼第一副首相のムクリン皇太子を事実上解任し、甥のムハンマド・ビン・ナーイフ副皇太子兼第二副首相兼内相を皇太子兼第一副首相兼内相に昇格させ、息子のムハンマド・ビン・サルマン国防相を副皇太子兼第二副首相兼国防相に昇格させた。これにより、国王、皇太子、副皇太子をいわゆる「スデイリ・セブン」の系譜で固めた。この事実は、今後非スデイリ系の王族の不満を高めることにつながるであろうが、ムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子が内相として治安機関を、ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が国防相として軍部を担うことで、スデイリ一族によってクーデターを抑止することが可能となる。それゆえ、王族内で非スデイリ系の不満が高まったとしても力で抑えることが可能となる。(この点については「剣と椰子の実」も参照されたい)。

サウジアラビア国内の情勢を丹念に見てゆくと、ブラ氏が単純な印象論で書いているのとは異なる複雑な事情が見えてくることがわかるはずである。

2.「日本の議論でタブーとなっているサウジアラビア問題」への反論

そもそもタイトルの付け方が意味不明である。日本において「サウジアラビア問題」はタブー視されているだろうか?中東コミュニティではきちんと議論をされているし、一部のメディア(特に最近の毎日新聞)などでは頻繁にその情勢が伝えられている。「サウジアラビア問題」は「タブー視」されているのではなく、多くの人にとって関心を持たれていないというのが実情であろう。「タブー視」というのは「そもそも話してはならないこと」あるいは「話題にすること自体がためらわれること」であって、「サウジアラビア問題」が日本でそのような扱いを受けているとは到底思えない。

さて、ブラ氏はこの記事を書くにあたって中東協力センターの保坂修司氏の論稿「サウジアラビアとイスラーム国」と元英国MI6(秘密情報部)のアラスター・クルーク氏の論稿「イスラム国を理解するには、サウジアラビアの過激主義「ワッハービズム」を知らなければならない」を挙げている。

不思議なのはこの2つの論稿をリンクしているだけで、それぞれの論稿に対する評価を一切していないことである。某氏はおそらくこの2つの論稿を読んだのであろうが、その内容を理解するには至っていないのだろう。保坂氏の論稿は事実関係を時系列でよく整理をしていると同時に、日本国内でよく考えられがちな対立の構図(たとえばスンニ派対シーア派、アラブ対ペルシャといったもの)に苦言を呈しているのであるが、某氏のこれまでのブログ記事やコメントではこの単純化された構図が幾度と無く登場している。

アラスター・クルーク氏の論稿についても某氏は「反サウジアラビアの論調」と断じているが、この論稿で主張したいのは、サウード家の抱える「矛盾」とワッハーブ派サウジアラビア国民の抱える「葛藤」について触れているにすぎない。

保坂氏、クルーク氏の論稿はいずれもアラブ史やイスラム教についての知識がなければやや難解である。両氏の論稿を挙げた上で、いきなりアムネスティの記事サウジ大使館のビザのページの話に及ぶのは全くもって意味不明である。(このあたりも先述の「場当たり的な情報管理」に通じるところである)。ちなみにビザ取得の話がいきなり出てきたのは、私が最近ビザに関する記事を書いたことによるのだろう。

ブラ氏がサウジアラビア批判を繰り広げる根拠は日本との「価値観の相違」によるようである。同氏は、イスラム教ワッハーブ派の教義(というよりも、日本人が観光でサウジに入国できないことや他のイスラム諸国のように外国人が飲酒できないこと)や過酷な死刑制度をもって「価値観の相違」としている。そしてこの「価値観の相違」を理由にエネルギーの中東脱却を図るべきであるという単純な考え方を展開している。

そもそも地理的、歴史的、文化的、宗教的な背景が日本と異なる以上、「価値観の相違」というものは否めない。しかしながら、近代以降の国際関係というものはそういった「価値観の相違」がありつつも、相互の「主権」を認めることから成り立っている。たとえ「価値観の相違」が存在したとしても相互に国際法を遵守する精神がある以上は国家間関係は成り立つのであり、国家間関係が成り立った後はその国の価値観や国内法についてはこれを尊重する義務を有する。

たしかにサウジの死刑制度は国際的な基準では過酷なものであり、その受刑者に冤罪者が含まれている可能性も考えられることから、今後その是正を行う必要はあるものと考える。しかしながら、善悪の問題とは別に、サウジアラビアという国家がひとつの主権国家である以上は国際法上の「内政不干渉」の原則を有することもまた事実である。

ある国家間で「価値観の相違」というものが存在した時、そのことをもって政治的関係や経済的関係を断絶することは必ずしも双方の国益に適うことではない。「価値観の相違」をもって政治的関係や経済的関係を断絶するということになれば、おそらく国際関係というものはおそろしく不安定なものとなるであろう。中長期的な国際関係の安定を考えるのであれば、「価値観の相違」というだけで安易に政治的関係や経済的関係を考えることは実に愚かなことである。

ブラ氏はエネルギーの中東依存を脱却した後のエネルギー・ポートフォリオのひとつとして、ロシアの天然ガスを提唱していたり、News Picksのコメント欄では中国の低質石炭利用のための技術供与を提唱している。しかしながら、ロシアや中国もまた日本と「価値観の相違」がある国であることを考えると、これらの国々と政治的関係や経済的関係を弱めなくてはならなくなる。(この点からもブラ氏がポジショントークを繰り広げ、中東諸国をスケープゴートにしていることがうかがえる)。

さて、最後にエネルギーの中東依存からの脱却についてふれておきたい。ブラ氏はこれまでもNews Picksのコメント欄において非中東地域からの石油輸入を提唱してきた。中東地域が大いなる地政学リスクを抱えていることを考えると、石油輸入の中東依存率(83.2%、2012年度経済産業省統計による)を引き下げることは私も基本的には賛成である。しかしながら、既に中東諸国と交わしている長期的な契約や非中東地域の生産力、輸入原油の組成(原油は単に輸入すれば良いというわけではなく、その組成によって石油製品や石油化学製品に大きな影響を与える)を考えた場合、即座にエネルギー・シフトを行うことは政治的、経済的に容易なことではないだろう。

ブラ氏は北米やベネズエラやブラジルといった南米、ロシアからの原油輸入を強く主張する。これらの国の原油確認埋蔵量を調べてみると、アメリカ442億バレル(世界シェア2.2%)、カナダ1,743億バレル(同10.3%)、ベネズエラが2,983億バレル(同17.7%)、ブラジル156億バレル(同0.9%)、ロシア930億バレル(同5.5%)である。一方、現在の日本の原油輸入国上位にあたるサウジアラビアは2,659億バレル(同15.8%)、UAE978億バレル(同5.8%)、カタール251億バレル(同1.5%)、クウェート1,015億バレル(同6.0%)である。(出典:"BP Statistical Review of World Energy 2014")

ブラ氏の主張する通り、原油確認埋蔵量においてはたしかに北米や南米の魅力は大きい。しかしながら、原油確認埋蔵量と生産能力は全く別物である。生産能力はアメリカ1,000.3万B/D(世界シェア10.8%)、カナダ394.8万B/D(同4.7%)、ベネズエラ262.3万B/D(同3.3%)、ブラジル211.4万B/D(同2.7%)、ロシア1,078.8万B/D(同12.9%)、サウジアラビア1,152.5万B/D(同13.1%)、UAE364.6万B/D(同4.0%)、カタール199.5万B/D(同2.0%)、クウェート312.6万B/D(同3.7%)である。(出典:"BP Statistical Review of World Energy 2014")

アメリカとカナダは生産能力で見ても非常に魅力的であるが、この数字は2013年度のものであることを考えると、シェールオイルも含まれているということになる。また、アメリカは現在のところ自国産原油の海外輸出を法律で禁止していることから、アメリカ産原油を調達することは未だ難しい状況にある。

ベネズエラは原油確認埋蔵量において世界トップであるが、生産能力においてはサウジアラビアに大きく見劣りがする。生産能力を増強するとなると大規模な設備投資が必要であるが、現在原油価格下落局面では新たな設備投資を行うことは難しいであろう。仮に、設備投資を行うことができたとしても、新規設備の償却費用が重くのしかかり、価格面においてサウジアラビアより安価に設定することは難しいはずである。

なお、ロシアは原油確認埋蔵量ではやや劣るが、生産能力では注目に値する。もしも日本が非中東地域からの原油調達を増強したいのであれば、ロシアが適任ではないだろうか?もっともその場合には北方領土問題を人質に取られることは必至であろうが。

原油確認埋蔵量が豊富であることと生産能力が整っていたとしても、既存顧客を抱えているという点も考えなくてはならない。既存顧客を捨ててまで、新規顧客に乗り換えるということは大きな政治的、経済的コストを要するということは自明であり、このためのコストについて明らかにできなければブラ氏の考えが説得力を持つことはないだろう。

ブラ氏は自称投資家とのことであるが、少なくともサウジアラビアやエネルギー関連の記事において統計数値が出てくることがほとんど無いように思う。それゆえに説得力に欠け、直感的とか印象論の域を出ないのである。ブラ氏に申し上げておきたいのは、詳しく知らない事柄について印象論で書くのはやめておいた方がよいということである。特に強い影響力がある人というのは、最低限の基本的知識や客観的な事実を集めた上で物を書いた方がよいだろう。

私自身は中東の専門家でもエネルギー問題の専門家でもない。(学生時代の専門はアメリカ外交であり、現在の仕事は化学会社勤務である)。今回の記事は一般に公開されている現地英字紙や最低限の統計を元に書き上げたものにすぎないという点は強調しておきたい。