7月10日に行われた第24回参議院議員通常選挙について様々な記事や分析が出ているのだが、私にとって特に興味深く共感できたのは哲学者で高崎経済大学准教授の國分功一郎さんの「投票権を失って感じたこと」という論考であった。

國分功一郎さんといえば小平市の都道328号線問題をめぐる市民運動とラジオ番組で英国民主主義に関して話しているのを聞いて知った方である。どちらかと言うと政治意識が高い方だと思っていたので、「投票権を失って感じたこと」というタイトルは少し衝撃的であった。論考を読み始めてすぐに國分さんに何が起きたのかを全て悟った。なぜならば私自身も2014年12月の衆議院議員総選挙において全く同じ経験をしたことがあるからである。「投票権を失った」というのは要するに在外選挙人登録が間に合わずに国政選挙において投票できなかったということである。

日本の在外選挙制度は1998年の公職選挙法改正で確立し、2000年から国政選挙においてのみ施行されている比較的新しい制度である。ちなみに地方選挙と最高裁判所裁判官の国民審査については在外投票制度は実施されていない。

在外投票を行うためには、まず在外選挙人登録を行い、在外選挙人登録証を取得しなければならない。居住地を管轄する在外公館(大使館や総領事館)を通じて、日本国内で最後に住民票があった市区町村選挙管理委員会に届出を行い在外選挙人登録を行う。それぞれの市区町村にもよるが、だいたい申請から交付まで3ヶ月程度を要する。実はこの申請から交付に3ヶ月程度を要することで国政選挙に投票できなかった経験を持つ人は少なくないだろう。私の場合も実際の登録から在外選挙人登録証の交付までにやはり3~4ヶ月を要した)。

在外公館から遠隔の地に居住している場合、在外選挙人登録のためにわざわざ管轄在外公館まで赴かなくてはならない。私の場合、居住地から管轄の総領事館までは車で片道2時間ほどを要してしまう。それなりにまとまって日本人が住んでいることもあり、管轄の総領事館職員が我々の在外選挙人登録事務を行うためにわざわざ出張して来てくれた。このあたりの便宜供与と公示日以降の複数回にわたる在外投票の呼びかけから、管轄総領事館が在外投票推進にかなり力を入れていること、そして総領事館職員が日本の議会制民主主義というものを非常に重視しているという姿勢がうかがえた。

投票は在外公館に直接赴いての投票、郵便投票、日本国内での投票のいずれかを選択できる。サウジアラビアは郵便事情にやや難があるので、今回私は直接管轄の総領事館に赴いて投票することとした。投票用紙を日本の各地の選挙管理委員会に送らなければならないため、概ね1週間前には投票は締め切られる。投票期限は各在外公館によって異なるため注意が必要である。投票当日は投票用紙の請求手続から始まり、投票方法の説明、投票用紙交付、投票記載、外封筒記載、選挙事務従事者による外封筒記載事項確認、立会人署名、投票用紙入り封筒の提出となり、実に煩雑で投票終了までに15~20分ほどかかったと思う。ただ、公正さを保つためにはこの煩雑さはやむを得ない。いわゆる「民主主義のコスト」というやつである。

投票の際の注意点は候補者指名と政党名リストのファイルはあるが、選挙公報の類は一切置いていないので、事前に調べておかなければならないことである。今はインターネットでいくらでも調べることが可能だけど、インターネット普及以前であれば在外選挙などほぼ不可能であっただろうと思った。実際、在外投票制度が導入されたのは1998年であり、インターネット普及とほぼ時を同じくしていると考えてよいだろう。ちなみに今回私はインターネット配信されているラジオ番組や、各候補者のウェブサイトなどで実績や公約を調べて投票先を決めた。

いざ投票を終えてみると、現地に赴任している人員数と比較して実際に投票を行っている人数が極端に少ないことに気づいた。今回の投票にあたっては会社側もバスを手配するという便宜を図ったが、調べてみたところ実際に投票したのは日本人赴任者の2%ほどであった。この2%という数値は、後に触れる在外邦人の投票率とほぼ同程度のものである。

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在外選挙人登録から実際の在外投票にいたるまでとにかく煩雑なものであったことから、この制度を利用して在外投票を行っている在外邦人がどれだけいるのだろうかと気になり、自分なりに調べてみることにした。おそらく國分功一郎さんやかつての私のように、投票したいのに投票できなかった人もいるだろうし、そもそも投票の意思を持っていない人もいるはずである。

7月11日に外務省が報道発表を行った「第24回参議院議員通常選挙に伴う在外投票(速報:投票者数)」によると、そもそも在外選挙人登録を行っている人が105,194人で、そのうち投票を行ったのが比例区で23,611人、選挙区で23,360人であり、在外選挙人登録を行っている日本人の投票率はわずか比例区で22.45%、選挙区で22.21%であり、これは非常に低い投票率ということになる。だが、この統計を考える上で重要なのは、この投票率が「在外選挙人登録を行っている日本人」に限定されており、「在外在留邦人の投票率」を表していないということである。

外務省が公表している「海外在留邦人数調査統計(2016年版)」によると、2015年10月1日現在の在外在留邦人数は1,317,078人であり、このうち選挙権を有するのは少なくとも1,019,756人である。(統計のくくりが20歳未満でひと括りにされているため、今回選挙権が認められた18歳~19歳の在留邦人数を数えることができない点に留意されたい)。

20代以上の在留邦人数に基づいて便宜的に在外選挙人登録率を算出するとわずか10.3%である。さらに比例区の投票率を算出するとわずか2.3%という絶望的な数値となっている。(偶然にも私の勤務先の投票率がほぼ同程度であった)。海外在留邦人の実に91万人以上がそもそも在外選挙人登録を行っておらず、100万人近くが選挙権を事実上放棄していることになる。選挙権を行使するかしないかは究極的には個人の自由ではあるが、できるだけ多くの在外邦人に在外選挙人登録制度を知っていただき、自らの選挙権を見つめ直してほしいと思った。

また、在外選挙人登録制度の登録者自体が少ないことは、その手続が煩雑で長期間を要することによる点もあるだろう。在留登録と同じように簡単にインターネット上で登録できるようにならなければ、そもそも投票者の母数となる登録者数自体増えることはないだろう。また、投票についても居住地や郵便事情を考慮すると在外公館に赴いたり郵便投票では気軽に投票するということが不可能である。情報通信技術が高度に発展していることを考えると、電子投票という制度を早期に導入してはどうかと考える。

この手続が煩雑で時間のかかる選挙を行って、一つだけ得たものがある。それは「選挙権」というものが決して「自動的」に与えられるものではないということである。もちろん煩雑な手続と時間がかかる選挙というものは「非効率的」に思えるし、それゆえに在外選挙人登録率も投票率も高くはならないものと理解している。ところが、自分が「選挙権」を正当に行使するためにはそれだけの手間隙とコストがかかり、それでも「権利」としてきちんと保障されているということを確認できるよい機会であったと思うのである。