2013年6月から2017年6月まで4年間にわたって週刊『モーニング』に連載されていた『インベスターZ』は、投資術や金融リテラシーを身に付ける上での良書であると思う。私は連載開始当初から読み始め、サウジアラビアに赴任中もKindleを通して最新刊を読むようにしていた漫画の一つだ。この漫画をきっかけに投資を始めた人もいるだろうし、元々投資をしていた人がこの漫画を読むことで自らの投資についてより深く考えてみたということもあるだろう。

 

 

実はこの漫画を第1巻から最終巻までじっくりと読んでみると所々「矛盾」することが書かれていることに気付くはずだ。たとえば物語冒頭で「利食い」と「損切り」の話が出てきた一方で、株式を「保有し続けること」が推奨されていると思しき回も登場するし、「まずは投資を始めてみろ」という回があるかと思うと、「いきなり投資するのではなく投資シミュレーション・ゲームをやってから投資をする」ことを勧める回もあるし、投資をするうえでファンダメンタルズを重視する話が出てきたかと思うと、テクニカル分析の優位性について説く回もある。

 

こうした作中の所々の「矛盾」に触れる中で、私なりに全編を通して最も重要であると思ったのは次の場面だ。

 

©️三田紀房『インベスターZ』

 

藤田慎司との投資三番勝負のFX編で財前が富永から言われた一言である。富永が「円安は絶対に良くない」と財前に説くのに対して、財前は1ドル360円時代に日本が経済成長を遂げた例を持ち出して富永の「円安悪玉論」に反論する。これに対して、富永が「おまえもわかんないヤツだなぁ…」と呟くのである。財前にとって「投資部の中で一番優しくていい人」であった富永のイメージは「矛盾をほんの少し突かれただけで気分を害するような了見の狭い人」というイメージに「一時的」に変わってしまう。

 

その夜財前は富永に反論するべく、円安のメリットについて徹底的に自分の手で調べる。ところが、幼い妹が世界地図を「反対」(南を上に北を上にした状態)に見ているのを諭す母親の姿を見たことで「世の中には完璧な正解がない」ことに気付き、「両論があってこそ健全な社会である」、「物事は相対的に見ろ」という結論に達し、冨永の「円安悪玉論」もまた健全な意見であることを知ることになる…。

 

この場面で財前が達した結論と単純化してしまえば「自分の頭で考えろ」ということこそ、『インベスターZ』で最も重要なメッセージであるし、『ドラゴン桜』、『エンゼルバンク』、『銀のアンカー』など他の三田紀房の作品でも強調されていることだろう。『インベスターZ』に関して言うのであれば、ストーリー中の所々にある「矛盾」も「多様な意見の存在」、「相対的な思考」を強調するための著者なりの「仕掛け」なのではないかと思うのである。

 

投資に限らず、世の中の多くの物事には「絶対的な正解」があるわけではない。だから、それなりの根拠を持った考え方にはそれなりの「正当性」が担保される。投資に限って話をするのであれば、「ファンダメンタルズ」を重視して良好な投資成績を上げることもできれば、「テクニカル」を重視して良好な投資成績を上げることもできるはずだ。(私の場合、2007年〜2017年前半までは「ファンダメンタルズ」派で、2017年後半から「テクニカル」に改宗し、いずれも良好な投資成績を得られている)。

 

それなりの根拠があるのであれば、自らが抱いている「考え」が「正解」であるかどうかは大して重要ではない。自らが考え抜いたことで「成果」が得られるのであれば、少なくとも自分にとっては「正解」であるのかもしれない。もちろんそれは「絶対的」なものではなく「相対的」なものでしかないが。