『ある男』を観た。 | なせばなるなさねばならぬ

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 私の大好きな小説家、平野啓一郎先生の小説『ある男』が映画化されたので観に行った。

 平野啓一郎先生の作品の中で一番好きなのは『空白を満たしなさい』という小説なのだが、人に、先生の作品を勧めるときにはいつも『ある男』と言う。

 理由は、適度な長さで、エンタテインメント小説に近い引きもあって、そして、純文学的な読み応えを兼ね備えた小説だからだ。

 

 この小説の主人公は、城戸という弁護士だ。

 城戸は宮崎に住む谷口里枝からある依頼を受ける。それは、亡くなった彼女の夫が、本当は誰だったかを調査するというものだった。

 谷口大祐は宮崎に移り住み木こりなった。そして、息子を連れて出戻りをしていた里枝と出会い、結婚をする。その数年後に、仕事中の事故で突然亡くなったのだ。

 結婚した頃にはすでに疎遠になっていた大祐の実家に里枝が連絡をとったことで、亡くなった男が、谷口大祐とは別人だったことがわかる。

 里枝と結婚していた男は、誰なのか?

 城戸は、『ある男』の正体探しにのめり込んでいく。

 

 原作のあらすじをざっくり紹介するとこんな感じだ。

 

 

 

 

『ある男』の映画化が発表されたときはとにかく歓喜した。

 それも、私の推しで弁護士の『城戸さん』を、妻夫木聡さんが演じるのだ。つい、はしゃいでしまったほどだ。他のメイン、里枝を安藤サクラさん、里枝の夫を窪田正孝さんと、演技派で固められている。原作が好きすぎると映像化に不満を抱くこともあるが、『ある男』に関しては、絶対すごい映画になると、期待感しかなかった。

 

 映画『ある男』本予告篇

 結論から言うと、とても良い映画だった。

 とにかく、丁寧に作られていた。

 

 ストーリー自体は、原作を先に読んでいるので、面白いとわかっていた。

 

 ただ、原作と映画には構成に大きな違いがあった。

 原作は額縁構造になっていて、冒頭、作者がバーで出会った『城戸さん』のことを、小説にするに至った経緯が語られる。

 そして、城戸さんがのめり込んだ『ある男』の身元調査がどういったものだったか明かされていくのだ。

 映画は、チラ見せ程度にバーが出てきて、すぐに宮崎での里枝の日常になり、谷口大祐との出会いと交流が丁寧に描かれる。里枝が抱えている悲しみや、大祐の優しさなどが、じっくり描かれていたので、大祐が亡くなるシーンは、ほんと悲しくなった。

 原作では説明で済まされた部分が丁寧に描写されたため、原作で書き込んであった部分は多少省かれていたけれど、それは二時間に収めるために仕方のないことだと思った。

 原作と映画では、ずいぶん配分が違っていた。原作は、谷口大祐を名乗っていた男『X』にのめり込んでいく城戸に感情移入して読むものだった。原作で『X』の過去は、城戸が会いにいった相手から聞かされるだけだったが、映画ではその話の内容が、シーンとして挿入されていた。だから、『X』に感情移入しやすい作りになっていた。

 

 この映画で、とにかく良かったのが、柄本明さんだった。

 あまりに良すぎたので、映画を見終わって一番に検索したのが、「柄本明 ある男」というワードだった。するとすぐに、「ある男」妻夫木聡、柄本明との共演に感慨「喰われるってこういうことなんだ」という記事が出てきた。

 そしてもう一人良かったのが、里枝の前夫との間の息子悠人を演じた坂元愛登くん。オーディションで選ばれ、この作品で映画デビューだったらしい。複雑な立場にある少年を、見事に演じきっていた。

 原作内にかなり書き込まれていた差別問題も、きっちり映画内で提起されていた。少し、原作のミステリー要素だけを抽出して映画化されるんじゃないかと心配していたが、コンパクトにまとめられながらも、大切なところはきっちり織り込まれた本当に良い映画だった。

 

 原作を読んでいる人は、ラストシーンで「ほう、こうくるか」と、思うはずだ。