医療との付き合い方(再掲) | 自己治癒力向上大作戦

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Facebookには

「過去のこの日」といって

タイムラインをさかのぼって

fb始めてから「この日(○月○日)」に

どんな投稿があったのかを

お知らせしてくれる機能があります

 

過去記事を探すのは

ハッシュタグが付いてなければ

けっこう手間がかかるのですが

少なくとも同日の自分の投稿に関しては

毎年見せてもらえる…そんな機能です

 

で、今日の「過去のこの日」を見て見つけたのが

このブログ記事

 

もう三年も前になるのですが

今も同じ思いであることに変わりはなく

再掲しておきます

 

 

以下再掲

 

*   *   *

 

ホメオパシーをはじめとする

「自己治癒力」にフォーカスした

健康法、治療法、手当て法や

生物学、解剖学、生理学などなど

いきもののありかたを知るにつれ

かつて必要だと思っていたものがふるいにかけられ

だんだんシンプルな暮らしになってきます

 

いわゆる「自然派」と巷ではカテゴライズされる暮らしかた

その心地よさと合理性を肌で感じていて

特にこれからを背負って立つ子どもや若い人たちに

役立ててもらいたいという願いもあり

様々なところで、いろんな話をする機会を頂いてもいるわけですが

難しいなぁ、というか

ときに無力感も感じちゃったりします


なにが、というといろいろあるのですが

今日は

医療、病院やお医者さんとの付き合い方、かかり方

の話をしようと思います

 

ヒポクラテスも言ったように

「私たちのカラダには百人の医者がいる」

のは確かなことだという実感があります

 

さまざまな療法で

いろんな病気や症状を乗り越える経験を

わたし自身、そしてクライアントさんを通じて

してきたから「実感」なのです

 

その「実感」があるから

よほどの場合でなければ投薬や外科的な処置は必要なし

 

ワクチンも必要なし

 

という結論に落ち着いたわけであって

それらが「良からぬもの」だから拒否しているわけではないのです

 

投薬も外科的処置も、(おおむね)「善意」で

行われていることも重々承知しているけれど、

今は必要とする機会が激減した…というのが実情

 

「悪いものだから」というのがスタートラインでは無いのです

感情的な嫌悪感で排除しているわけではないのです


「自己治癒力」はとてもパワフルで

まさに

自分で作りだしたものはなんでも解決する力を持っています

現代医学では

あたかもインベーダーのようにカラダに侵入して悪さをしているように言われる

「感染症」と言われる状態でも

カラダのいいぶんとしては

「微生物の力を借りて炎症を起こして溜まった毒素を出す」

という治癒へのプロセスであることが殆ど

抗生剤に耐性を持つ病原菌が増えていると

医療現場では戦々恐々としていますが

自己治癒力にとっては耐性菌だろうがなかろうが

用が済めば毒素ごとお引き取り願える

どうってことない存在なのです

 

そう、

かんじんなのは「自己治癒力」

ヒポクラテスが言うところの「100人の医者」にどう働きかけ、

寝てたり、拗ねてたり、怠けてたりするのを

ビシッと仕事モードに切り替えさせるか

というメソッドが

医療と距離を置けるかどうかの分かれ目なのです


副作用が怖いから

毒だから

自己治癒力を信じたいから

という「思い」だけではなんともなりません

自己治癒力を信じて「医療のお世話になりたくない」

のであれば

それなりの知識と覚悟を持って

肚を据えていただきたいのです


でないとイザというときに病院へ駈け込んで

「なんとかしてください!

 でも、自己治癒力を信じているので薬は使いたくないんです!」

ということになりかねません


これってぶっちゃけ


「痛いし怖いので早く治してください

 ただし、私はあなたの方法を信じていないので

 何もしないでください」

と言っているのと同じこと


そもそも病院という医療機関は

検査をして、病変をみつけ、病名をつけ、その症状を消すための薬を投与する

もしくは

病変部位を取り去る処置をする


ところです


その方法を取り上げておいて

「なんとかしてください」と言われたって困るわけです


困るでしょうし、失礼です


具合の悪い状態が長引いて心配なときに

かかりつけ医に診てもらい

重大な病気の恐れがないかどうか確認する

無ければ処方された薬は使わない


というパターンならなんの軋轢も生じません


そして、この

「心配な状態の奥に重大な病気が無いかどうかを確認する」

のが本来のお医者さんへのかかりかた

お薬にできるのは「症状を抑え込むこと」

家庭でできるのは「症状の原因ごと押し出すこと」


健康の仕組み

症状の原因になること

症状を原因ごと追い出すための方法

これを知ったうえで実践の準備があってこそ

「お薬は必要ないんです」

と対等にこちらの意向を伝えることができるのだと思います

 

 

私がホメオパシーを始めたころ

息子はまだ五年生で、小児科の毛利医院

毛利子来先生の)に行くことがありました


風邪の咳が長引くので診てもらいに行き

「大したことないけど、お薬いるかい?」

と先生が訊くので

「ホメオパシーを使い始めたので、レメディでやってみます」

と伝えたところ

「そりゃよかった、大丈夫だね」

と励ましてくださいました

 

代替療法に理解の進んだヨーロッパでは

珍しくないパターンだと聞きます

 

ホメオパシーの代わりに

大根や蓮根の汁でも、豆腐パスターでもなんでも良かったんだと思います


「薬は副作用が怖いのでいりません」

と言われたのでは医者だって

「そのまんま放置するのかい?」って心配になると思います


「代わりの方法があるのでそれでやってみます」

ならば、少なくとも放置されるわけでは無いのは明確に伝わります

(代替療法に理解の無い医師には、お薬だけありがたく頂戴して

 使わなければ良いのです

 彼らにとって役に立たない代替療法は放置と同じですから
 やみくもに心配かけるだけなので)

 

もうひとつ、

「なすすべなく、ただ、信じて様子を見る」

ときの親の不安は確実に子どもに伝わり

治癒力を妨げます

 

一方、

「手の内にある方法を自信をもって実践する」

ときの親の自信と安心は子どもの治癒力を大きく開花させます

 

断言します

「自己治癒力」は掛け値なしに素晴らしい力です

 

それが上手く働かなくなったときに「症状」が現れるのです

 

「症状」の原因ごと押し出したいのであれば

「自己治癒力」=「100人の医者のうちの働いてない誰か」

に起きてもらわなければなりません

 

起こすためのメソッド

ホメオパシー、テルミー、お灸、マッサージ、整体、

様々な手当て法

なんでもけっこうです

 

汎用性の高いものをひとつでなく、複数経験積みましょう


いざという時には経験を積んだ治療家のアドバイスをあおぎましょう

 

そして、いのちの仕組みについて

学びましょう


がッタガタのカラダで妊娠して

雑誌で見てよさそうだと思ったからと言って

「自然出産ひとつください」なんてのが危険極まりないうえ

医療機関にとっては迷惑この上ないのと同じで


100人の医者にアクセスする方法も知識も持たずに

「自己治癒力を信じたい」というのも

アブナイし、迷惑をかけることになりかねないのでね

 

 

 

というわけでまとめ


自己治癒力を信じて症状を乗り越えたいのであれば

知識と覚悟は必要

そして肚を据えて経験を積み

自信をもってコトにあたってくだされよ


 

   *   *   *

 

実際、同業者のなかにも

強烈な医療不信をお持ちの方がおられます

 

医師、医療機関といっても

ほかの業種と同じで玉石混合です

 

理念、哲学を真理の探究においておられる方もあれば

ビジネスとしてなさっている方もある

 

多くはその両極の間を

流動的にさまよっておられるのでしょう

 

そして

理念や哲学を欠いた状態のときに出会うと

医療不信につながるような出来事がおきる

 

それはとても残念なことですが

現実の日本の医療は

わたしは素晴らしいと思います

 

とくに救命救急の分野において

対症療法においてもそう

 

なにしろ

「死なせない」ことにかけては

世界一なんじゃなかろうかと思うくらい

 

最近のワクチンのお話会ではお伝えしていることですが

日本の医療はすごいんです

 

というのを、ある感染症の例をひいて

他国(新興国ではありません)と比較してみると

いかに素晴らしいかがわかります

 

(直近は10/8の熊本

 

 

 

受ける側が不信感をもっていれば

提供する側はポテンシャルを発揮できません

 

 

利用する側がここはひとつ!

と全幅の信頼をおけば

全力で対処してくれるのは

医療に限った話ではありません

 

 

「ここはひとつ」の「ここ」をね

「なにがなんでも助けて!」

とすがり、丸投げするのか

「説明もきっちりお願いします!」

と自分も関わり続ける姿勢を示すのか

「○○だけ何とかして!」

と限定的にお任せするのか

(○○には脱水や出血、異物などが入ります)

「検査の結果を知りたいのです」

と必要なことをはっきり伝えるのか…

 

 

 そこは自由なのですニコニコ

 

 

医療がその自由を許さないのであれば、それは

例えていうなら

「水を売ってください」と言ってるのに

「スポーツドリンク」を押し売りするお店と一緒

 

 

ちがうお店にいくよね

 

ちがう医療機関を訪ねよう

 

 

 


ひろの拝