忠清南道(チュンチョンナムド)舒川郡(ソチョングン)の板橋(パンギョ)の記事を途中で放棄したまま。
さよなら保寧 ムグンファ号で南下します 待ち人来らず
長項線 板橋パンギョ駅から旧板橋駅界隈散歩 待ち人きたり
板橋で撮った写真の数が余りにも多く、どうやってご紹介したらよいのか考えあぐねていました。
でも、ここは私の大好きな韓国に残る古い街並みが見られる場所。日本家屋と、セマウル運動後の改良家屋が混在する懐かしい風景です。なくならないうちに皆様にも是非見に行って頂きたいので、頑張ってご紹介しますね。少し(かなり)長くなりますが、私の自己満足記事におつきあいいただけると嬉しいです。
長項線(チャンハンソン)の板橋駅は日本統治時代の1930年(昭和5年)11月に営業を開始。2008年の長項線の直線化工事に伴い、駅舎も現在の場所に移されましたが、それ以前は街の中心に板橋駅がありました。川を渡ってすぐ20キロ南には群山駅と港があるので、立地的に非常に恵まれた場所でかなり便利がよかったのでしょう。
街の規模は歩いて回るのにちょうど良いサイズです。Google mapにピンを刺してみました。(クリックするとサイズが少し大きくなります。ピンを刺したGoogle mapへのリンクはこちらから)小さくて分かりづらいかも知れませんが、左の青い電車マークが新・板橋駅、赤いピンが日本風の建物が残っている地区で500m四方の範囲に集中して建っています。
地元の人にとって板橋と言えば「牛市場(ウシジャン)」が有名だったそうです。街の食堂に1960年代の写真が飾ってありました。現在は市が立つ広場あたりが牛の取引場だったようです。写真の中に見える2本の木はまだ街の中に残っていました。
このように賑わった板橋ですが、その後、なぜか開発から取り残され、半ば忘れられたような場所となりました。それが幸いして、今も古い建物が残っています。しかしその多くはすでに空き家となり、修繕もされないままです。おそらく近い将来その多くは崩れ落ちてしまうことでしょう。
板橋の街並みは別記事でご紹介します。飛び飛びになるかもしれませんが、よかったらまたおつきあいください。
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