僕は現在、Speech Level SingingをベースにしたVocology in Practiceというボイトレ団体のメソッドと、Estill Voice Trainingの2つのメソッドを中心に勉強しています。

どちらも発声について科学的にアプローチしているメソッドで、とても勉強になっていますし、僕自身の声もめまぐるしく変化しています。

先日記事にも書きましたが、Estill Voice Trainingの方の公式講習会に6月頭に参加してきました。
その中で特に印象的だった話がありますので、少し紹介しようと思います。

タイトルにもありますように「Attracter start」という概念です。
講習会では「引き寄せられる状態」と先生が訳していました。
この話に入る前にEstillについて紹介しますね。

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Estillでは、筋肉は身体の各部位を動かすものであると同時に「感情を伝えるもの」と考えているようです。
泣くのも笑うのも、全て筋肉の動きによってアウトプットされるものである、と。
もちろんそれら筋肉を動かすのは感情であるわけですが、それらは筋肉の動きなしには外へ表現されない、と。

そして、その感情を伝えるツールである筋肉をなるべく細かな部位別に動かせるようになろうと、発声に関わる筋肉(群)を13個のFigureに分けています。

例えば
声帯であれば「slack・thick・thin・stiff」
仮声帯であれば「constrict・middle・retract」
甲状軟骨であれば「vertical・tilt」
などなど、1つのFigureにつき複数の状態があります。

それらのFigureを別々に練習し、様々な動きを組み合わせることで多種多様な音色を作っていく、というようなメソッドです。
実際に様々な機材でそれらの動きを研究し、ビデオなども多いため説得力がありました。

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さて、Estillについて極めて簡単に説明しました。
話を戻します。
先程紹介しようとしていたのは「Attracter start」という概念です。
これは、普段自分が喋ったり歌ったりする時の状態のことをいいます。
軽くFigureについて説明しましたが、このFigureを自分自身の「自然な状態」にも当てはめることが出来ます。
「その人本来の声」という風にも表現出来るかもしれません。

しかし、それは実際は「筋肉の動き方の癖」です。
その癖は、育ってきた環境や教育による後天的な影響によって作られます。
例えば家族で声が似ているということであったり、音大に進学した結果、評価される声の傾向があり(まあホールで良く通るような声の方が評価は高いですよね)、そこに近づくためにやたらと声帯を厚く使って話すようになったり、合唱でも「歌う声で話しましょう」というようなことってありますよね。

特に声楽や合唱などマイクを通さないジャンルの歌をやっていると、いかにホールで良く響く声(歌手のフォルマント)を手に入れるか、ということが、ボイトレをする上で大きな価値を持っているように感じます。

ホールで響く声を出すための、何か1つの「正しい発声」というものがあり、そこへ向かって職人的に技術を磨いていく、というような方向性で勉強している方も多いのではないでしょうか?

僕は、そのような方向性の勉強は超強力な「Attracter start」を作り上げているように感じます。
よく響く声を出す、という目的のために、1つの声色から離れられないという人が、別のジャンルに比べると多い気がします。
(演技は表情豊かなのに)

Attracter startは筋肉の癖であり、習慣ですので、特定のアプローチを簡単にする反面、それ以外のアプローチを難しくするそうです。
(クラシカルな発声だと楽に歌えるけどポップス的な発声だと歌えないな〜とか。逆パターンもありえますね)

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誰だって癖になっている発声状態で歌う方が楽しい。
カラオケなんてのはまさにそういうところですよね。


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Estillについて、僕が好きなところは様々な音色を作り出すことを容易にしてくれるところです。

ここの部位がこう動けば声道にこのような変化があり、結果的に周波数にはこのような変化が起きる。
その結果、音の印象はこのように変わる。

ということが偉大な先駆者たちにより、内視鏡やMRIなどによって、裏付けのある研究としてまとめられている。
とても素晴らしいことだと思います。

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音楽には色々な情報が存在していると思います。
旋律・和声・リズム・音量に始まり、音色や呼吸、また歌の場合であれば歌詞も重要な情報になってきますね。

僕が大切だと思うのは、旋律・和声・リズムなどの音楽の構造の情報よりも奥にある、作曲家の意図したところ(であろうと演奏家が解釈したところ)が伝わることが大切だと思います。
とてもシンプルに言えば、悲しいのか嬉しいのか・熱いのか寒いのか…などなど

そこが伝わるためには、まずは旋律・和声・リズム・音量などの構造的な部分の精度を高くしないと「音痴だな」「旋律がレガートじゃないな」と大したことない情報を拾われてしまうので、やはりそこは軽視してはいけない部分だと思います。

そこをクリアした上で、より大切な情報を演奏を通して伝えたいわけですが、その時に、音が・声が1つの音色しか持っていないとしたら…
音量の幅があったとしても音色が1つだったら…
僕は何も伝わらないと思います。


また、少し違う話題ではありますが、合唱をやる時に「声を合わせる・声は合うもの」というようなことがよく議論になりますが、僕は1人1パートみたいな少人数でアンサンブルをする場合は「Attracter start」があまりにも違う場合はうまくいかないと思います。

その中でも、うまくいくために特に大切なのは「声帯の厚みの状態」だと最近思っています。

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技術というものは、自分が思ったものを第三者にそう感じてもらえるように発信するためのものです。
様々な音色が出せるようになるべきだと思います。
そして、それはみんな「自分の声」です。

1つの音色に固執することが「自分の持つ本来の声で歌う」ことではないと思います。

もちろん「Attracter start」によって個性が出るとも言えるので、尊重する部分もあって良いと思ってはいます。
声に含まれる情報量を増やしつつ、かつヘルシーに発声するためには、声のメカニズムを知らなければいけません。

発声に正解なんてありません!
声帯のコントロールさえ上手に出来ているならば、共鳴の部分を自由自在に使って、色々な音色を作りましょう!
ただ、声帯のコントロールはすごく難しいので、良さげな発声サイトを見つけたり、実際にレッスンに通ったりして訓練しましょう!
その上で色々な音域を歌いましょう!
もっともっと、音楽を情報に満ちたものにしましょう!
これが今回の記事で言いたかったことでした。


あとは、こういういいメソッドはどんどん広まればいいと思う。
日本では稲幸恵先生がEstillの講師の資格をお持ちで、レッスンを受けられます。
レッスン代も一般的な声楽のレッスンよりお安いので、興味がありましたらぜひ!