サッカーファンの皆様、ご機嫌いかがでしょうか。

5月2日(土)に行われた明治安田生命J1リーグ第9節。
9節はリーグ首位の浦和レッズ×昨年の三冠王者で8節終了時点でリーグ2位のガンバ大阪の「ナショナルダービー」や、FC東京×川崎フロンターレの「多摩川クラシコ」と、ゴールデンウイークに相応しい大一番が行われました。

今回ピックアップするFC東京とフロンターレの「多摩川クラシコ」は、リーグ最少失点の東京とリーグ最多得点の川崎の対戦という事で「最強の盾と矛の対戦」と注目された一戦でした。
ここまで両チームのスタイルが対極で、その対極さがリーグ最少失点とリーグ最多得点という形で現れた多摩川クラシコもここ数年では珍しいと思います。

試合は試合開始からボールを持ち続けた川崎が中村憲剛のフリーキックから大久保嘉人が頭で合わせ、大久保自身、三浦知良が持つJ1通算得点139点を超える140点目を挙げるも、後半ギアを上げて来た東京の前に川崎はミスを多発し展開は一変。
更に川崎は車屋紳太郎が2枚目のイエローカードで退場してから更に劣勢になり、71分に太田宏介の左足FKで追いつかれ、終了間際の87分には太田のFKをニアサイドで武藤嘉紀が合わせ東京が逆転。2-1で東京が勝利しました。


◯川崎のボールの流れを循環させた船山貴之

前述の通り、前半は川崎がボールを持って、東京を押し込む展開になりました。
その要因としてはまず、中村憲剛と大島僚太のダブルボランチがボールを持てた事が挙げられます。

前節の柏戦では憲剛と大島が大谷秀和と小林祐介に監視され、前に蓋をされて横か後ろに選択肢を限定され、相手の前線がプレスバックし易い状況を作られて思うようにボールを持つ事が出来ませんでした。

しかし東京はダブルボランチを潰すというよりは「ゴール前で跳ね返せれば何の問題もないでしょ?」という感じで後ろに重心を掛けており、ダブルボランチを見るのも相手のトップ下の河野広貴だけだったので中盤では数的優位な状況でボールを動かす事が出来ました。

そしてもう一つの要因としては、この試合で大久保と2トップを組んだ船山貴之が中盤と前線の間で受けて、「出して動く」を繰り返してくれた事です。

中盤と前線をリンクさせる役割については本来は森谷賢太郎が担っていた役割でしたが、前節も含めて彼がいない試合の殆どは中盤と前線をリンクする人間がいなくなり、選手の距離間が遠くなり上手くボールが回らなくなるという問題が発生しました。

その問題を解決する為に、前回の記事にも書きましたが、個人的には船山にその役割を担って欲しいと期待していましたが、多摩川クラシコでは期待通り、中盤と前線をリンクさせる役割を担ってボールの流れを循環させてくれました。
ボールを持たれている時も船山がファーストディフェンダーとなってボールを追い続けてくれて、攻守両面で船山は存在感を見せてくれました。


◯大久保嘉人、51/140の凄さ

川崎がボールを持ち続ける中、21分、その時が訪れました。

憲剛のフリーキックをファーサイドにいた大久保が頭で合わせ先制。東京の牙城を遂に突き破りました。

このゴールで大久保が挙げたJ1での通算記録は「140」
現在J2の横浜FCに所属する三浦知良が持つ「139」超えを果たしました。

思えば大久保はセレッソ時代にJ2降格経験があります。スペインのマジョルカやドイツのヴォルフスブルクといった海外のクラブに所属した時期もあります。神戸時代には怪我で思うようにプレーが出来なかったり、チーム事情で中盤でプレーせざるを得なかった時期もありました。
川崎加入前のJ1通算得点数は89。
当時30歳という年齢、且つ2桁得点を取れなくなっていた事を考えれば140まで到達すると思っていた人は少なかったでしょう。
それだけに川崎加入後の2シーズン余りで51点も挙げているというのは驚異的な事なのです。
更に一昨シーズン、昨シーズンと2シーズン連続で単独のJ1得点王になっているのですから、ボールを持って相手を叩きのめすスタイルの風間八宏監督率いる川崎フロンターレは、眠っていた得点能力を生かせる最適なチームだったと言えますし、大久保自身の得点能力を「具体的な言葉」で目覚めさせてくれた風間監督との出会いは、サッカーIQがより高まったという意味でも本当に大きかったと言えるでしょう。


◯崩し切れなかった青赤の強固な壁

前半は大久保のゴールで川崎が0-1とリードして終えました。ただしボールを持てても東京の守りを崩し切ったかと言われれば、キチッと崩し切ったシーンは殆どありませんでしたし、決定機は大久保の先制点と憲剛のフリーキックをファーで折り返したボールを小林悠が押し込めば…という2本だけだったと思います。

東京としては前述した通り「中さえやられなきゃ良いんでしょ?」と割り切って固めているので、そういった相手には前半のウチに2点以上奪えば確実に相手のプランが崩れた筈なのでそういった意味では川崎は前半1点しか挙げられなかったのは痛かったなと思います。


◯ギアを上げた東京、ミスが多発した川崎

川崎がボールを持った前半とは打って変わり後半は試合の様相が一変しました。

東京は後半頭から東慶悟、50分に前田遼一を投入し、一気に前に圧力を掛けてきました。
川崎としては風間監督含め何人かの選手達の中では後半相手が前から来る事は織り込み済みでした。
そこで余裕を持って相手の圧力を外してゴールに迫る事が出来れば楽だったのですが、「追加点を取らなければ」という焦燥感もあってか、ボールを持った時にミスを多発させ、危ない奪われ方をするシーンが増え始めました。
ボールを失わない前提でサッカーをする川崎としては、ボールを持った時のミスが増えるとサッカーになりません。
そして川崎にとって、試合のターニングポイントとなる最悪の展開を迎えてしまうのです。


◯車屋紳太郎の退場

64分、武藤ドリブル突破を止めようと後ろからチェイスしていた車屋紳太郎が手を出して武藤を倒してしまいました。
車屋は前半にも1枚貰っている為、2枚目のイエローカードを提示され、プロ入り後初の退場となってしまいました。

冷静に戦況を見れば井川祐輔が武藤が運んでいる縦のコースを切っていたので車屋は後ろから無理に倒しに行く必要はありませんでした。
それでも「止めなければ」という思いで手が出てしまったのは理解出来ますし、車屋はまだプロ1年目のルーキーです。プロ入り初の連戦による疲れから正しい判断が出来なくなってしまっても仕方のない事です。

今シーズン、ルーキーながら車屋は左サイドバック、左ウイングバックでフル稼働しました。昨シーズンの左サイドバックの主力であった登里享平や小宮山尊信、山越享太郎といった左サイドバックが出来るプレーヤーが怪我で全滅していたチーム事情の為、どうしても車屋がフル稼働せざるを得ない状況でした。
ただそんな中でも車屋は攻守両面において躍動。レナトとのコンビネーションで左サイドを崩し、幾多のチャンスを作ってきました。その活躍が日本代表のヴァヒド・ハリルホジッチ監督の目に留まり、日本代表のバックアップメンバーに名を連ねるまでの選手になったのです。本当に期待以上の頑張りをここまで見せてきていたと思います。

これで車屋は次節の広島戦では出場停止になりますが、車屋にとって良い「有給休暇」になればと思います。


◯太田の「駆け引き」が生んだ2得点

車屋退場の影響で川崎はこれまでボールの流れを循環させ、プレスバックで相手に突っかけてきた船山を下げて角田誠を投入。追加点を奪いたいけれども後ろも気にしなければいけないという難しい状況になってしまいました。

これでますます攻勢に出た東京は71分に太田が右45度あたりの角度から直接FKを決め同点、更に終了間際の87分には太田の左サイドからのFKからニアに飛び込んだ武藤が頭で決めて逆転。これで勝負が決しました。

上記の東京の同点弾、逆転弾でピックアップしたいのは太田の「駆け引き」です。

まず太田自身が直接決めたフリーキック。
左利きの選手が右45度付近の角度から直接フリーキックを蹴る時、キーパーの左側に巻くボールを蹴るのが殆どです。何故ならキーパーは味方の壁の立ち位置の関係から、ボールとキッカーの位置を見る為に右に寄る為、キーパーの左側の隅大きく空くからです。本田圭佑みたいに無回転のボールを蹴る選手は例外ですが…。
ですからキーパーとしては自分の左側に蹴ってくるという意識がどうしても強まります。
しかし太田はキーパー心理の逆を突いてキーパーの右下の隅に早く巻くボールを蹴ってきました。川崎のキーパー、西部洋平は一歩目を左側に踏み込んだ為、自身の逆側を通過するボールに反応ができませんでした(まあ西部が左側に重心を掛けるのがちょっと早かったんじゃないかなという気がしないでもありませんが)。

そして逆転弾となった武藤のゴールも太田の左足がきっかけになった訳ですが、太田はそれまでセットプレーではファーサイドの森重真人に合わせるボールを蹴っていました。
当然川崎のディフェンス陣としては当然森重に意識が向いてしまいます。
しかし逆転弾のシーンで太田はニアサイドに速いボールを蹴ってきました。そのボールに武藤が飛び込んで合わせたという訳です。

まあ川崎のディフェンスも武藤をフリーで飛び込ませてしまうのは拙い対応でしたが、太田がそれまでファーに「餌を撒き続けてきた」事でニアへの速いボールが効いたと言う事です。

東京の2得点は、もちろん太田のキックの精度については言わずもがななのですが、相手の心理状態の逆を突いた太田の「駆け引き」の上手さが生んだ2得点と言えるかもしれません。


◯「後半には相手は落ちると思っていた」。東京の掌の上で踊らされた川崎

試合は2-1で、東京が4戦ぶりに多摩川クラシコを制しました。

東京の指揮官マッシモ・フィッカデンティ監督は試合後の公式会見で

「後半に相手は落ちると思っていた」

とコメントしました。

やはり東京サイドとしては前半は相手に「持たせて」後半勝負を仕掛けるのはプラン通りだったという事でしょう。
実際東京は前半長いボールを蹴って川崎の選手達を走らせていて、それがジワリジワリと効いたのか川崎の選手達の動きが鈍くなってきていたのは事実です。
前半のうちに1失点を喫するのももしかすると想定内だったのかもしれません。
川崎は完全に90分間東京の掌の上で踊らされたという事でしょうか。
それだけに川崎としては前半ボールを持てていた内に追加点を挙げたかった所です。
そうなれば流石の東京と言えどもプランが狂い、後半、バランスを崩してまででも攻めて来た所をカウンターで仕留める、逆に川崎の掌の上で東京を踊らせるいう去年の味の素スタジアムでの多摩川クラシコのようになった筈です。


以上です。
これで東京は、ガンバとの天王山を制した首位浦和との勝ち点差を3とし、浦和への「挑戦者」としての権利を得る事が出来ました。
浦和戦までの間、東京はベガルタ仙台、鹿島アントラーズといった難敵と対戦しますがこの2試合を2連勝し、浦和にプレッシャーを掛けたい所です。

一方浦和との勝ち点差が9に開いた川崎は次節も等々力に、苦手なサンフレッチェ広島を迎え撃ちます。
2試合連続で逆転負けを喫している点についてはやはり穏やかではいられなくなるのは確かです。ですけれども川崎は点を取って勝ってきたチームです。
どれだけ多く点を取れるか、その為にどれだけチャンスを作れるか、チャンスを作る為にどれだけボールを動かして相手を動かせられるか、その為には自分達が出して動くを繰り返す事、これらを徹底的に突き詰めるしかありません。

「風間サッカーは限界だ」
「風間辞めろ。関さん(ジェフ千葉の監督でかつて川崎を率いていた関塚隆さん)戻ってきて~」
「守備がザル」

不平不満だけを口にするのは簡単です。
ですけれどもエルゴラッソで川崎担当の竹中玲央奈さんも記述していましたが、「もうこのサッカーは厳しい」と落胆していては先はありません。

実際東京が「持たせていた」と思っていたとしても前節の柏戦に比べれば船山が間で受けてくれていた影響か、ボールが横ではなく縦に走っていて何度もゴール前に迫っていたのはポジティブに捉えるべき材料だと思います。

広島戦では現状左サイドバックが誰もいないので、もしかすると風間監督は大胆な選手起用、システム採用をするかもしれません。
しかしどんなに人が入れ替わろうがスタート位置が変わろうが結局ボールを失わずに相手を叩きのめす川崎のスタイルを考えれば選手達が自分の足元ともう一度向き合うしかないのです。