皆様ご機嫌いかがでしょうか。
今回はサッカーの技術において最も重要である「トラップ」について書きたいと思います。

「トラップ」というのは、自分の元に転がってきたり飛んで来るボールを足や腿、胸で止める技術です。
簡単に言えばボールを止める技術のですが、その「トラップ」が何故サッカーの技術において重要なのかと言うと、「スムーズに次のプレーに移行する為の手段」である、「トラップ」で上手くボールをコントロール出来るか出来ないかで、「サッカーのスピード」が変わってくるからです。


◯「トラップ」は「ボールを止める」のではなく「ボールを置く」

冒頭でトラップを「ボールを止める技術」と紹介しましたが、ここ最近国内外、各世代の試合を沢山見て思ったのは
「トラップを『ボールを止める』という意味で認識するのは正しい事なのか?」
という事でした。

個人的には「トラップ=ボールを置く技術」という意味で捉えた方が正しいのではないかと感じました。

何故、「ボールを置く」という表現が正しいと感じたかというと、冒頭にも記載した通り、トラップは「スムーズに次のプレーに移行する為の手段」であり、それが上手くいくかいかないかで「サッカーのスピードが変わる」からです。それらに影響するのが「どこにボールを置くか」という事。

例えば以下のケースではどちらが「速い」と言えるでしょうか?

①ボールを右足で蹴りたいので、味方からのパスをワンタッチ目で次に右足で蹴りやすい位置にボールを置いて、ツータッチ目に右足でボールを蹴る。

②ボールを右足で蹴りたいので、味方からのパスをワンタッチ目で足下に止めてツータッチ目で、右足で蹴りやすい位置に置き、スリータッチ目に右足でボールを蹴る。

言うまでも無くケース①の方が「速い」と思います。
何故かというとツータッチ目で「右足でボールを蹴る」という「目的」を達成しているからです。
何故ツータッチ目で「右足でボールを蹴る」という「目的」を達成しているかというと、ワンタッチ目で、次のタッチで右足で蹴りやすい場所にボールを「置いた」からです。

ケース②の場合はファーストタッチで足下に止めてからツータッチ目でボールを次に右足で蹴りやすい場所に置いているので、右足でボールを蹴るという「目的」を達成するまで、3タッチも要してしまっています。
ケース①に比べて明らかにボールを受けてから右足で蹴るまでに時間がかかっているので、「遅い」という結論に至ります。
当然ですがこれだけ蹴るまでにモタモタしてると相手に飛び込ませる隙を与えてしまう訳です。

上記の説明で、ファーストタッチでどこにボールを置くかでサッカーのスピードが変わるかがお分かり頂ければ幸いです。

ケース①のように、ファーストタッチで次のプレーに移行しやすい場所に置いて次のプレーに移行する。それがピッチ上で連続すれば、自ずとチームのサッカーのスピードが速くなり、テンポの良い面白いサッカーが繰り広げられます。もちろんボールを持っていない味方が相手を外してフリーになり「受けられる状況を作り続ける」事も重要ですが。


◯ボールを「置く」前に「準備」しておく事

ボールをどこに置くかでサッカーのスピードが変わるかは前述しました。

ただ、次のプレーに移行しやすい場所にボールを置く為には、ボールを受ける前に「準備」をしなければいけません。その「準備」とは「周りの情報を集める」「相手を外す」「受け方を決定する」の3点です。

1.周りの情報を集める

1点目はボールを持っていない時に「周りの情報を集める」事です。

「周りの情報を集める」というのは味方や敵がどういう位置取りをしていて、どこでボールを受けられるかというピッチ内の状況を把握する事です。

味方や敵の位置を把握し、どこでボールを受けられるかを把握すれば、「どうフリーになってどう受けるか」が決まり、「自分にボールが来れば相手はどう来るか」の予測が立ちやすくなって、どこにボールを置くか、あるいはボールを置かずにダイレクトで味方に渡すかといった以降のプレーイメージを描きやすくなります。

良い選手、現役時代の中田英寿だったり、昨シーズンまでスペインのバルセロナに所属していた元スペイン代表のシャビといった一流の選手達はよく「首振り」をしていたと思います。
彼らが首を振っていたのはピッチ全体を見渡して敵味方の位置関係とボールを受ける最適な場所を把握する為に情報を集めていたからです。
「首を振れ」と言われても彼らのように「情報を集めよう」と首を振っているか、言われたまま「ただ」首を振っているかで意味合いが全く違うのは言うまでもありません。

2.相手を外す

2点目は「相手を外して」フリーになる事です。

ボールを受ける時、フリーでボールを受ける状態と相手に寄せられている、或いは背負っている状態ではどちらが楽にボールを受けられるでしょうか?
当然フリーになってからボールを受ける方が楽でしょう。

ではどうすればマークしている相手を外してフリーになれるか。その方法としては「相手の矢印の逆を取る」事が挙げられます。

「相手の矢印」と表現してピンとこない方も多いでしょうが人間は生きていれば必ず「矢印」を出しています。
前に向かって歩く時は前に矢印を出していますし、後ろに下がる時は自身の背中側に、横移動する時は自分の右側若しくは左側に矢印を出しています。
要するに「矢印」というのは「人の動き」です。

そして「相手の矢印の逆を取る」というのは、例えば受け手が相手を背負った状態をイメージしてみて下さい。
受け手が右手側に横移動すれば当然マークしている相手も右手側に「矢印」を出して付いてきます。その相手が右手側に矢印を出した瞬間に受け手が左手側に移動して相手を外し、フリーになれます。
これが「相手の矢印の逆を取る」なのです。

また受け手が相手のゴール方向に向かって前に矢印を出せば相手も受け手のマークを外してはいけないと思い自陣ゴール側に向かって矢印を作る、要するに受け手と同じ方向に矢印を出します。その瞬間に受け手が「止まったり」、後ろに下がれば相手のマークから外れフリーになれます。これも「相手の矢印の逆を取る」という事です。
川崎フロンターレの大久保嘉人やドイツのブンデスリーガの強豪ドルトムントに所属している日本代表の香川真司あたりは一度前に走ってから止まったり後ろに下がって相手から外れるのが上手なので是非チェックしてみて下さい。

相手の矢印の逆を取れば簡単に相手を外せます。いきなり自分が動いている方向の逆側に動かれたらすぐに反応出来るわけがありませんので。
そして相手を外せば当然ですがボールを受けられる状態になりますし、出し手に対しても「よこせ!」という「合図」になります。

相手の矢印の逆を取る為には、受け手がアクションを起こしてマーカーに「矢印を出させる」事が必須になりますので、前述した「周りの情報を集める」段階で、「俺がこう矢印を出せば相手も俺と同じ方向に矢印を出してくれるだろうから、その瞬間に逆を取って相手を外そう」というイメージを作っておく事が重要になってきます。

そう考えるとフリーになるというのは、フリーになれる「場所」を見つけるのではなく、フリーになる為に「人」を攻略するという事なのだなという結論に至る訳です。

3.受け方を決定する

ボールを「置く」前の最後の準備は「受け方を決定する」事です。
要するに右足で受けるのか左足で受けるのか。相手ゴールに身体を向けた状態でボールを置くのか。それとも相手のゴールに背を向けた状態でボールを置くのか、或いはワンタッチで前を向いてスピードアップしたい為に半身の状態からワンタッチで加速出来る場所にボールを置くのかといった、「ワンタッチ目で次にプレーしやすい場所」にボールを置く為の受け方です。

例えば自陣にいる味方から縦パスを受けて前を向きたい時、そのまま自陣方向に向きながら、要するに相手ゴールに背を向けたまま受けて前を向くか、それともボールを受ける前に「半身」になって自分の元に縦パスが来たらワンタッチで前にボールを置いて前を向くかでやはり「サッカーのスピード」は変わります。
「サッカーが速い」のはもちろん後者です。理由はここまで読んでいただけたのなら分かる筈ですよね。

現役時代の中田英寿は受ける前に半身になってワンタッチで前を向いて加速するのが上手な選手でした。
彼が半身でボールを受けようとしていた時は既に「周りの情報を集める」「相手を外す」「ボールの受け方を決定する」といった受ける前の「準備」が既に完了している状態なのです。
シャビやアンドレス・イニエスタ(スペイン代表/バルセロナ所属)、リオネル・メッシ(アルゼンチン代表/バルセロナ所属)あたりも前を向く時は半身でボールを受けるので次のプレーに移行するのが速いです。

世界のトッププレーヤーと言われている選手は前述したボールを受ける前の3つの準備を済ませ、「どこにボールを置くか」を意識して正確にボールを置きたい場所に置いて、スムーズに次のプレーに移行します。
日本の指導の現場ではボールを受ける前の準備、そしてボールを置く場所を意識して正確にボールを置く事をどれだけ具体的に選手に落とし込めているでしょうか?

僕は中学の頃、監督から「ボールを逆足で止めろ」と教えられました。理由としては「逆足で止めれば次のプレーに移りやすいし広い視野を確保出来る」からと教えられました。
ただ今思えばそれでは足りないのです。
ボールをどちらの足で止めるかも大事なのですが、やはり何度も言うようにボールを受ける前の3つの準備、ボールをどこに置けば次のプレーまでが速くなるかを意識してボールを置く事、ボールのどこを触れば上手く置きたい場所に置く事が出来るか、これらを具体的に噛み砕いて指導していかなければいけないでしょう。
そういった意味ではそこまで噛み砕いて指導出来ている日本人は数少ないのではないかと思います。川崎フロンターレの風間八宏監督や現在FC今治のメソッド事業本部長で元U-17日本代表監督の吉武博文氏くらいではないでしょうか。

サッカーにおいては「トラップ」という技術はここまで記述したように、「サッカーのスピードが決まる」重要な技術です。グループ戦術やマグネットを使ったフォーメーション論を語る前に「トラップ」という技術、そして今回は触れていませんがボールを正確に「蹴る」技術、「運ぶ」技術、これらを高める事に選手は勿論、指導者も向き合っていかなければならないのではないでしょうか。


以上です。
ここまで長々と書きましたが、正直僕は中学、高校でサッカーをやっていた時、「トラップ」は「一番嫌いな技術」でした。
ボールを「置く」という認識もなく、来たボールを「止める」こともままならない程でした。
サッカーをやっていた当時は「トラップ」の大事さを全く認識せずにただやっていたんだなと今では思います。

「トラップ」の重要性を理解し始めたポイントとしては3点あって、1点目は2008-2009シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝でバルセロナがマンチェスター・ユナイテッドを下した時に「止める蹴る」が正確なチームが勝つという事に気付いた事。
2点目は風間監督が川崎フロンターレの監督に就任して以降、風間監督の著書を何冊か読んで、「止めてから蹴るまでのスピードと正確性」が「サッカーのスピードと正確性」を決めるという事に気付いた事。
そして3点目が今年、川崎フロンターレ×ドルトムント、サガン鳥栖×アトレティコ・マドリード、フランクフルト×FC東京といったJリーグのチームとヨーロッパのチームの親善試合で、Jのチームとヨーロッパのチームのトラップから蹴るまでのスピードと正確性を見比べて、風間監督が著書で記載されていた「止めてから蹴るまでのスピードと正確性=サッカーのスピードと正確性」が頭の中で具体的になり、「トラップ」という技術そのものが「止める」技術ではなく「次のプレーの為に置く」技術だと気付いた事。この3つが「トラップ」の重要性を理解したポイントでした。
現役を離れてからだいぶ経ってから気付いたので本当に今更感が強いのは否めませんが…。

実際に感じた事を書いてみると、風間監督の著書「『1対21』のサッカー原論 『個人力』を引き出す発想と技術」で書かれていた事と殆ど同じ結論に達していた事に、書いてる途中で読み返して気付きました。
つまり今回書いた事が「サッカーの本質」なのかなと改めて感じました。

今回の記事をキッカケに「この選手は受ける前にどんな準備をしているのか」「この選手は次にどういうプレーをしたくてこの場所にボールを置いたのか」を考えながらサッカー観戦する人が少しでも増えればと願うばかりです。