背番号19の1発が、先制を許したチームの重苦しい空気を一変させた。
川崎フロンターレが誇る「潤滑油」の意地のゴールだった。

明治安田生命J1リーグ2ndステージ第16節。
埼玉スタジアム2◯◯2で行われた浦和レッズと川崎フロンターレの一戦。

序盤から浦和の圧力に押された川崎Fは、浦和の猛攻を耐え凌ぎながらも、この日、出場停止の大久保嘉人不在の前線を「ファルソ9」(偽の9番)として牽引したキャプテンの中村憲剛を中心に浦和のゴールに迫る。

しかし29分、日本代表の守護神でもある浦和のGK西川周作の正確なロングキックをCFのズラタンが車屋紳太郎との競り合いを制してヘディングで落とし、落としたボールへの対応に迷った川崎Fのセンターバック谷口彰悟の一瞬の隙を浦和が誇る「レッドパンサー」興梠慎三に突かれ、川崎Fは先制を許す。

相手ゴールにようやく迫り始めた中で許した失点。当然川崎Fに嫌な空気が流れた。
だがその嫌な空気を断ち切ったのは、2ndステージ8節の湘南ベルマーレ戦以来のスタメンとなる森谷賢太郎だった。

前半終了間際の45分、中村からの縦パスを大島僚太が半身でトラップしてゴール方向に身体を向けた瞬間に森谷が大島のパスコースに顔を出す。
大島は迷わず前に顔を出した森谷に縦パスを入れる(この大島のトラップしてから縦パスを入れるまでの流れは彼の技術の正確性、身体の使い方の巧さ、判断の早さが集約されたハイレベルなプレー)。大島の縦パスを受けようとする森谷に対して後ろから槙野智章が寄せてくるが、森谷は槙野が自らの方向に出して来た「矢印」の逆側に1発でボールを置いてターンし、豪快なミドルシュートを浦和ゴールに突き刺した。

【森谷のゴールシーン】

静まり返る埼玉スタジアムの中で咆哮する森谷。彼のワントラップでターンして相手を外しミドルでフィニッシュするまでの流れは、まさにチームの指揮官であり、筑波大学在学時代にも指導を受けた「恩師」風間八宏監督が言うところの「相手の力を利用する」「相手の矢印の逆を取る」見事な「ゴラッソ」だった。
この「ゴラッソ」に、何か森谷の「意地」のようなものを感じたのは僕だけではなかったはずだ。

余談になるがこの試合の日本時間では翌日深夜に行われたスペインのリーガエスパニョーラ第11節バルセロナとビジャレアルのゲームでバルセロナは3-0でビジャレアルを下したのだが、3点目を決めたネイマールのゴールも本質的には森谷のゴールと同じだ。

【ネイマールの超絶ゴラッソ】

左サイドでボールを運んでいたスアレスからのクロスボールをネイマールはまず胸でトラップする。トラップした瞬間に逆側からビジャレアルの左サイドバックであるハウメ・コスタが中に絞ってネイマールに寄せに行くも、ハウメの寄せを感じたネイマールは右足でハウメが作った矢印の逆側に浮かせてターンしてハウメを振り切り、落ちてくるボールをそのまま右足で振り抜いてゴールに突き刺した。

「相手の力を利用する」「相手の矢印の逆を取る」という意味ではネイマールの世界中を震撼させた超絶なゴールも森谷の浦和戦でのゴールと同じなのである。


◯「賢太郎がいると…」「賢太郎がいれば…」という声が聞かれなくなった2ndステージ

昨シーズンから今シーズン序盤、怪我から復帰した直後あたりまでの森谷は川崎フロンターレには無くてはならない。むしろボールプレーを志向する川崎Fの「中心」だった。

ダブルボランチの中村と大島、そして前線の大久保と小林悠を繋ぐ「潤滑油」で、川崎Fがボールをスムーズに動かせている時は、必ず森谷がパスコースに顔を出してボールの循環を良くさせていた。
森谷がいない試合では前線の大久保が中盤まで下がってボールを受けに来なければならず、大久保が得点に集中出来ない状況になってしまい、さらに相手の戦略で中盤と前線が分断されると、「誰もボールを受けに来ない」という現象が起こり、ボールの循環が悪くなる。
若手選手に厳しい要求をし続けている大久保も「賢太郎がいるとボールが回る」と認めるように、森谷あっての川崎Fのサッカーだった。

サポーターからも、0-1で敗れたモンテディオ山形戦や1-4で敗れた柏レイソル戦の後には「賢太郎がいれば…」という声が聞かれるようになった。

ただ、2ndステージに入ると、だんだん「賢太郎がいると…」「賢太郎がいれば…」という声が聞かれなくなった。

それは森谷自身の頑張りが空回りしてチームの結果や内容に直結しなかった事、そして2ndステージ開幕前にドイツ2部リーグのボーフムから田坂祐介が戻って来た事と、筑波大学蹴球部の後輩にあたるドリブラーの中野嘉大が台頭した事。
それが森谷の存在が結果的に薄れてしまった要因だった。

特に田坂の帰還は大きかった。
田坂はそれまで森谷が担っていた中盤と前線の間でボールを受けてボールの流れを循環させる「潤滑油」としての働きだけでなく、個人での局面打開力、身体の強さ、技術、判断の正確性があり、そして大久保、小林と共にフィニッシュワークにも絡める。
森谷が持っている要素プラスαの能力を備えた田坂に森谷が太刀打ち出来る訳がなかった。

森谷のピッチ内での居場所が無くなってきている。

嫌でもそう感じざるを得なかった。

それでもこちらの勝手な感覚に反して、森谷はトレーニングで自分がやるべき事を見つけて集中し、来るべき時に備えて準備を怠る事は無かったそうだ。

そして、「来るべき時」がついに訪れた。

◯「存在意義」を見せなければいけなかった浦和戦

浦和戦で、森谷は大島とのダブルボランチでスタメンに名を連ねた。

大久保嘉人が前節の横浜F・マリノス戦ての「不可解な退場劇」で出場停止となり、普段はボランチである中村憲剛を最前線に配置した事で、空席のボランチの一角に森谷が入る形になったのだ。

久々のスタメン。
森谷としては自らがチームに生き残る為に「存在意義」を示さなければならないシチュエーションだった。

序盤は相手のプレッシャーにも押されたのか、意図の見えないパスを出してしまって相手にボールを渡してしまい、カウンターを喰らってしまうキッカケになってしまったりもしたが、前半終了間際のゴラッソで自らの「存在意義」「結果」という形で示した。

「俺を忘れるな!」

ゴール後、拳を振り下ろしながら上げた咆哮にそんな思いが込められていたような感じがした。

後半も走り続け、受けに行き続け、そして最後まで戦い続けた。
好ゲームながらチームはもう1点が取れず、1-1のドローで終わった。
だが森谷が久々のフル出場で躍動してくれた事、加えて得点を挙げてくれた事が個人的には非常に嬉しかった。
森谷自身も手応えを掴んだ一戦になったのではないだろうか。

現状、今シーズン、フロンターレの残り試合は天皇杯のガンバ大阪戦とリーグ戦最終節ベガルタ仙台戦の2試合だ。天皇杯で決勝まで勝ち上がれば最大5試合が残り試合数となる。

今後森谷が継続してスタメン出場出来るか。それとも再び途中出場で活躍のチャンスを与えられるのか。
起用法について分かっているのは風間監督だけだが、与えられた出場機会の中で、浦和戦同様森谷は躍動し、チームの勝利に直結する働きが出来るかどうか注目したい。

彼に送るエールは勿論このフレーズだ。

走り出せ!森谷賢太郎
戦え!森谷賢太郎