東大入試国語ー赤本青本の実態 | JOKER.松永暢史のブログ

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いくら電力を節約するためにとは言っても、この扇風機と冷蔵庫の使いまくりの自分を顧みれば、それが「不充分」との感慨を持たざるを得ないのは必然の認識であろう。しかし私は、若い日にこれと比較にならないような海外での暑さの経験がある。扇風機が動かなくなる、水も出なくなる、それどころか日陰が一切存在しないーその経験が私にはある。
このことから得られる逆転的「極意」は、太陽が照りつけない屋根の下に引き蘢ること、そしてビタミンCを良く取ること、そして涼しくなれば街を充分に歩こうとすることである。
「引き蘢り」だけではない、そうではなくて最低必要な分だけ外に出て「環境」と関わることである。そうしないとだんだん本格的「ダル」になる。そして、この「ダル」になる状態こそ、人が人たる人が避けるべき事態である。これは自らエネルギーを出さないからこそ他者エネルギーとの効率的変換ができない不能状態である。全て「コミュニケーション」とは他者との「取引」と交換である。「陰気」である存在はしかたがないが、「陰気」を避けることは、ほとんど全ての人にとってエネルギーの効率利用のためにほぼ「必然」のことである。このことは他者攻撃的で自らが認識しない「過剰な陽気」に対しても「同然」であるが。
夏休みで、濃い国語記述指導が連続している。
やはり、麻布、筑駒、灘、武蔵の問題は秀逸である。そこには日本語了解能力と自らの文章構成能力のキモを問う良問が並んでいる。しかし、桜蔭と開成は象徴的に思い上がった「バカ」である(これにラサールを加えるとネットで叩かれるが)。おまけに中高一貫公立高は、あくまで「なぜ、どうして」という課題についての気づきと解決とその表象レトリック能力を要求している。東大入試問題も同様である。たとえ理科系でも、これができなければ東大に来る意味がないということを示す「標準的」な問題が並んでいる。
その観点からすれば、やはり駿台青本の解答はひどい。「アホ本」と名付けることが可能であるほど「ヒドい」といえる。この解答を信じる受験生は「そもそも頭が悪かった」ということになってしまう。東大が求めるのはこんなレベルではない。頭が悪いから予備校講師でことをしのいでいるのがその現状だと分らせる内容ともいえる。教学社「赤本」は、なかなか良いが、そんなこと18歳で書けるわけないだろうという「大人的」模範解答が多い。でも同一執筆者群の解答と思われる『東大過去問25年』は、解説が不十分ながら一応最高の水準ということになる。
ここまで日本語のことを問いつめる東大理系受験生は限られることだろう。彼らの多くは、東大が求めることを了解せず、他教科での「スタンドプレイ」を目指すのであろう。しかし、これは「バカ」としか言いようのない選択である。東大入試では国語の解答で半分以上取ることが「後の幹部候補生」への道なのである。東大国語の要求することが了解できれば、歴史も経済も数学も物理も了解できることを、誰も決して具体的には表明しない。このことは全受験勉強に通低する。「日本語における、言語的な認識」が全てであることが予め了解できぬ人たちは、全てナンセンスな因果論的究明と知識暗記学習に埋没するのである。東大国語で50%以上得点できない者は、東大には入っても東大教育を受けても意味のない者たちである。このことの了解は世間スタンダードには了解し難いところであろうが、東大受験者の半数が、この「バカな道」をたどるのである。私は、東大国語で半分以上取れない者は、理系文系を問わず、意味なく受験勉強をする「亡者」であると断言したい。