「コロナ発症のリスクを超えて」 | ✟✟✟蠢く手記✟✟✟

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地下都市DTMの沼に溺れてしまった漢の成れの果て

今回のblogは、自戒の念もこめつつ、誰かの気付きに繋がれば幸いです。



単刀直入に言います。



身内仲間からコロナ陽性者が出てしまいました。



まさかまさかの話で動揺したし、医療機関への電話やら何やら今日はずっとバタバタしていました。



自分は濃厚接触者に該当していると診断が下りました。


数日先なのか、数週間先なのか、コロナを発症する疑いが少しでもあるのなら、今すぐにでもPCRを受けて白黒ハッキリつけたかったのですが、現実はそう簡単ではなく、相当焦りました。



このblogを追ってくれてきた方ならご承知の通り、「骨髄異形成症候群」の影響で、大多数が行き交う病院へPCRを受けに行くこと自体が危険を伴う。



あぁ、やっぱりそうだよな。と。



もしもの時、おれはPCRをまともに受けられないだろうな…と、想像はしていたけど、実際にそれを知らされるとメンタルが削られます。



健康体の人間がコロナを発症するのと、難病や持病を患っている人間がコロナを発症した場合では、等倍にリスクマネジメントにも差が出てしまうということ。



白血球の数値が極端に低い自分がコロナを発症した場合、瀕死状態がほぼ確定するのです。



ジーザス…なのよ。



またもや自分の道に困難が立ち塞がるのか!?と。



わかってはいたけれど、あらためてそう聞かされると恐怖を感じる。



挫折にも似た、諦めも入り混じっている。



言いたくても言えないこと、口にしたらその時こそが立ち上がれないことがあります。



こんな時に、おれはいつも「普通」ではなくなった自分に情けなさを感じてしまう。



普段は何事もないよう、自分をネガティブに引っ張る思考や要素は、徹底的に頭から排除するように意識しているのですが、実際にこういった状況に陥ると死角から真っ黒な鉄球で脳天を叩かれたような感覚。



平和は遠く、いつでも目の前の壁が無くなることはないと、無力感が膨張し、それが大きな孤独になる。






しかしだ!!!






今、一番辛いのは発症してしまった身内仲間なわけです。



相次ぐ陽性者が出るのかどうかまだわからない段階なのです。



そして、、、仮に自分が発症したとしても!!



してもぉぉぉぉぉぉ!!



真四角の白い部屋、ビニールの幕に囲われ、数ヶ月間にも渡ってcancerと戦ってきたあの日々と比べたら、何でも乗り越えていけるのさ。



最低を知ってしまったからこそ、自分史上あれ以上の最悪はもう無いだろう。



この数年間、常に恐怖は身近にあって、死という概念をいつも背中に感じている。



それを忘れさせてくれるのはいつだって制作。クリエイトしている時だけは黒いノイズから解放される。



あの頃を思えば、乗り越えられない苦しみはきっと無いだろうなって。



絶望も希望も、生と死の狭間で見た人間の本質や愛情、それら全てが今の自分を形成しています。



気にかけるべきは、自分のせいで周囲に迷惑をかけてしまったと思ってしまっている仲間の安否なんだよな。



今回、1つ痛感しました。



「自分はきっと大丈夫。」



これは捨て去るべき概念。



多くの歴史や時代背景で共通だったテーマなんじゃないかな。



きっとここまで銃弾は飛んでこない。



銃をかまえた人間がそこに見えているのに。



コロナ禍である限り、明日突然あなたの身にも起き得る事象なのです。



だからこそイメージしようぜ。



ネットの向こう側、テレビやニュースだけの世界じゃなく、その脅威が身近まで侵蝕していることを。



どこにいてもおれがおれで、あなたがあなたで存在している以上、皆平等のマップを歩いているのだから。



今回この状況に陥って、初めて気付かされたことが沢山あるんです。



感染した人間がよほど身勝手でもない限り、それを責め立てることなんて以ての外だし、そんな仲間に何気なくかける言葉一つとっても、口にする前に思考しなければならない。



試されている。だからイメージしなきゃ。



ここから2週間、自宅隔離生活を余儀なくされたわけだが、ピンチであればあるほどに失うべきモノの大きさ、大切にするべきモノの尊さが見えてくる。



そんなことを思いながら今文字を綴っています。



ここからどうするべきか、自分なりに判断がついたので今は落ち着いていますが



それでもどうしても孤独が強くなった時は、このblogやらTwitterやら、唐突なツイキャスやらでキミに甘えさせてもらいますね。



考えてもどうしようもないことは、なった時に考えればいいと。



今はそう自分に言い聞かせて、土曜日に公開される-儚くも散る-の新曲ラストスパートに取り掛かります。



過去には戻れないから、何も変わり映えのない今日が繰り返されないように、やりたいことを1ミリでも1秒でも前進させるってことをずっと口にしてきました。



今作の背景にも、まさかのドラマが入り混じってしまった感は否めませんが、それこそが自分らしく、きっとこれからもおれはこんな運命を切り開きながら音楽人として在り続けるのだと思います。



いつも心配ばかりかけてしまっていますが、約束の種火を絶やすことなく、命燃え尽きるまで楽しみながら音楽やっていくよ。



土曜日に公開される新曲、楽しみにしてて下さい。