コンピレーションCDについて。 | ✟✟✟蠢く手記✟✟✟

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地下都市DTMの沼に溺れてしまった漢の成れの果て

「高校生の夏休み、アルバイト初日に気合いが入りすぎて、眉毛を交互に整えていたら全部眉毛が無くなったことがありますどうも柳です。」


アメブロの広告が世界で一番ウザいとわかりつつもブログを更新することは絶対にやめないわよ~~~~~~(白目)!!

よぅ。

ブログ久しぶりだよなぁ。

Twitterでも告知したが、、、







こちらのコンピレーションアルバムに参加させていただくことに相成りました。


どんな名義で参加するのか?


1発でわかるじゃねぇかぁ。


ど真ん中に視線当てて、その眼球を見開いておれを見詰めてくれよ👀✨


それはまるで虫眼鏡🔍で太陽光🌞を集めてジリジリ焼き尽くすようにおれをジリジリと焦がしてくれよ🔥


そんでもってジャケットを焦がしたまま肝心な中身のCDまで焼けちゃいました先輩🫠っていうんで、まさかのCDも2枚目通販しちゃってくれよ💿(笑)


焦がして焼いて、もう焦がしニンニクってことで(ry


なぁ!?


頑張って絵文字とか無駄に使ってみた結果、告知内容のオチが焦がしにんにくってどういうことなんだよなぁ笑!?


なぁぁぁぁぁ笑笑笑!?


蠢くよ。


いつだっておれは蠢いてきたと思っているぜ。


え?


今更アーティスト名の読み方がわからない?




仄暗い底で危険なメロディーとDARK ROCKを提唱しながらいつだって蠢く(うごめく)柳をアリガトウゴザイマス⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎(笑)




CDについてはまだまだ語ることもあるんだけど、個人的にジェラスガイ坂本さんという方がどんな楽曲を奏でるのかめちゃくちゃ気になっている。

ということで…

昨日も今日も明日も、おれは無限の作詞モードに突入しています。

だからサボってたブログも(ついでに笑)書いている。

文章を書く時って、とりとめのない感情を文字にして頭をリセットする時に書いてきた。

ただ、これってある種の自己洗脳に近いこともあるんだよなぁ?と感じることもあってさ。

というのも、ある感情をとして自己認識するために書き始めたものの、いざ書き終わってみるとくらいのエネルギーになって感情が暴発するのだ(笑)

で脳内処理できていた事象を、まざまざと自分でで受け止め直すことは不毛ではないのか?

ブログにしてしまうことで心情が文字として露わになる時…


「あれ?自分ってこの件についてこんなにストレスを感じていたのか?」


なんてさ、、、

まったくどうして凄く損をしてる気分になるじゃぁないか。

冷静に文字に起こすことで、増すエネルギーがあるなら気分が良くなることがいいよな。

回想録のような、ノスタルジックで曖昧な感情でもいい。

書き終わってから虚しくなりたくないんだ。

歌詞を書く時はとてつもなく神経を使う。

だからこそ、書き終わった後の脱力感と達成感は時として歌のレコーディングにも勝る時がある。

かりそめの「アイシテル」じゃ何も届かないから。

アイシテルが共鳴するだけの思い出を、記憶からリアルに、確かに掻い摘む。

はっきり表現すると胸が痛くなるから、色んな言葉を操って比喩して、本音から遠回りもして、だけど核心は突きたい。

果たしてこれは矛盾な行為に見えるのだろうか。

言葉を情景にして己の心を刺したいんだ。

そんな感覚。

言葉のトリックってヤツはいつも巧妙で、いつでも日常に見え隠れしている。

「まだまだ子供なんだから」

と言われて当然な瞬間もあれば、

「大人になったよね」

と言われて納得してしまう瞬間もあるだろう。

キミから見て、おれは子供なの?おれは大人なの?

誰かの言葉に潜む矛盾が生むこの「曖昧さ」ってヤツがとても人間らしくて愛おしい。

言葉とは適当で的確で不思議なツールなのである。

そこにさらにメロディーがのるっていうんだから作詞は楽しい。

最高の独り舞台じゃないか。