余裕と余白 | まっちゃんのClassical Guitar Life

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クラシックギターのこと、音楽のこと、日々の気持ちなど、マイペースに書いていきます。


今日とあるラジオ番組の出演者が、

「人生に必要なものは余裕」

という言葉を紹介していました。

自分に余裕がないと、例えば人を愛すことも難しい、という流れでした。





それを聴いてとっさに、演奏も似ているなと思いました。

ここからは余白という言葉で置き換えます。





僕は演奏を聴くとき、実は曲の前後にある余白の時間がとても好きです。

例えばオーケストラで言えば、指揮者が指揮棒を掲げた瞬間から曲が実際に演奏されるまでの静寂。

曲が終わって指揮者が指揮棒を下ろすまで、あるいは拍手が鳴り出すまでの静寂。

とても好きです。

むしろその余白(余拍とも言える)の時間も含めてひとつの曲として成り立っていると思います。

そのわずかな間が曲の入りを左右し、曲の入りが全体のバランスを左右し、指揮棒を下ろすまでの間で曲の世界観と現実の空間を結びつける。

そんな風に思います。





ただ、特にアマチュアの人はそれをおろそかにする傾向があるのではないかと思います。

それはある意味では余裕の無さの表れともとれます。

余白が無いと、曲が演者だけの世界で繰り広げられてしまうのです。

聴衆を惹き付けるには、むしろ曲に入るまでの余白が必要な気がします。

もちろん演奏の中身が整っているに越したことはありませんが、仮に同じ出来栄えの演奏であるなら、聴衆の心に響くのは余白を有効に使えている演奏であると思います。




僕ももっと精進しなきゃ。




そんなことを思った土曜日でした。





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