いきなり帰ろうとした彼女を引き留めながら言った。
「ちょっと、考えよう」 
 しかし、どうしようもないことは分かっていた。時間は過ぎ、生徒は「どうするの」って三分に一回は講師室に入ってくる。親御さんの人数も三人になった。
「まずは、子供達、帰しましょう。ここにいても、勉強も出来ません。今、大事なときですから」
 最初に来た母親の意見に従うことにした。僕はその事を伝えに秀吉クラスに行く。
 部屋は寒く、体育座りで端に固まっていた。
「おまえ達、今日は授業はなしだ。帰っていいぞ」
 僕は少し戯けながら言った。授業、無くなったんだぜ、遊んでいいんだよ、今日は。ラッキーじゃないか。という感じで。
「先生、私たち、見捨てられちゃったの?」
 茶髪だった女の子二人とも、黒い髪に戻していた。その子達が半泣き、半笑いの複雑な表情で僕を見つめた。他の生徒もそうだ。不安そのもの。親に捨てられた猫……。
「いや、そうじゃない。見捨てては、いないと、思う……」
 そう言ったが、本当は見捨てられたのかもしれない。それは君たちだけじゃなく、僕たちも。しかし、大きな違いがあるのは分かっている。僕らはバイトだ。先月分の給料と、講習の特別給与が無いだけだ。しかし、君たちは違う。勉強するために、教わるために、ここを頼りにして来ている。ここが無くなると言うことは頼るところを失うと言うことだ。
「まずは、今日は帰ろう。何も出来ない。ほら、ホワイトボードも、無くなっちゃった」
「明日は?」
「明日、か」
 どうなるのか、分からない。でも、授業が出来ないことは確かで、みんなに来てもらうよりも、家にいてもらった方がいいだろう。