With Meditation Your Intelligence Will Be | 平沢唯愛のゆあもでる。

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トランスジェンダー(MTF)テクノ歌手、平沢唯愛の公式ブログです♪

「OSHO: With Meditation Your Intelligence Will Be Growing」
https://youtu.be/HAc0yVHL2yg

今日は感想文の様なものです(^ω^)

バグワンラジニーシ(OSHO)は本編で言っています。
人の「精神年齢」の成長は通常14歳で止まると。

何故ならば「肉体が完成」するからです。
肉体的なものを超えた知性を求める者のみがこれを超えると。
まったくもって納得のいく話です。

例えば「常識」とは「人が成人するまでに得た偏見である」という
言葉があります。
日本以外の人と国で生活をしてみるだけでもわかります。

例えばイタリアではランチがメインですので12時~14時まで、
デパートさえ閉店してしまいます。誰も行かないからです。
例えばスペインではマニアーナという夜更かしの習慣がありますから
小学生の私の友人の子供は夜の23時でも普通に
「ドラえもん」をTVで見ています。

何の因果か、私は14歳から自己の内面を深く見つめる作業を
しなくてはいけなくなりました。性同一性障害だったからです。

今となってはそれもまた良かったかなとも思えるようになりましたが。

人は肉体に相当左右されて生きています。
自己の内面を深く見つめる作業で、あるとき私は自分のDNAを
読みました。
DNAの終わりに何があるか知ってますか?
その終わりには「生殖をせよ」と書かれています。
そこで「終わり」です。生物としての人間は「生殖をせよ」で
終わりです。

それ以上は「死」に至るスイッチがあるだけです。

だから肉体的に生きる事以外の知性を持たない人類は、
それ以降「生殖の真似事」を一生繰り返して死んでいきます。
その先がないからです。

因みに、人の「考え」というものは大体40~45歳で固定されます。
それ以降大きく自分の生きてきた考えを捨てられるもの
変えられるものはほとんどいません。何故だかわかりますか?

DNAの「死のスイッチ」がオンになるからです。

私はこのスイッチオンより前になんとか治療をはじめました。
思春期ほどとは言いませんが、逆の性ホルモンをたっぷり注射し、
肉体の老化に「エラー」として逆らっています。
男として終わるだけの体に、成長に十分な女を注入しています。

私の歴史は、内面の探求の歴史でした。そして今はDNAへの反逆です。

思えば私の知性の記憶は4歳から始まっています。
4歳の時に「私はこの体という乗り物から一生降りられないのか」
と絶望した記憶がはじめの悟りです。

13歳で男性化していく体に私は「自殺」をしようとしたことがあります。不思議な現象でした。学校から盗んできた硫酸を飲もうとした途端
私の体は勝手に町はずれの米軍横田基地の空き地の広大な草むらまで
自転車で勝手に走っていました。

自転車を投げ出して、草むらに横になり星を見ていました。
すると私は空へ落ちたんです。ただの幻覚妄想かもしれません。
しかし、しばし宇宙を誰かに手を引かれて飛びながら、
「宇宙」は私に言いました。

「あなたは宇宙と言うスペースの場所のひとつなんです。生きているだけで十分にその役目を果たしているし、価値があるんですよ」と。

その時の私の心象に最も近いのはこの映像でしょうか。
https://youtu.be/7fQG4CcoRuM

それからは私は私の内面を見つめて生きて行きました。

20代の時。私は私の心を見渡して全てを照らしてみようと思いました。
心を見渡すことが出来ますか?見わたせればあなたの心に影を作って
いるものが何か知ることが出来ます。
たとえば、願望であったり、過去の記憶であったり、付き合っている
知人。物であったり。
そんなものを全部どけてみるんです。

私はふっとどけてみて、あることに気が付きました。
「私の心には真っ黒な穴があると」

私はここを降りて行けば、私の心の底にたどり着けるのでは?と思い、
そこを降りていく事にしました。

真っ暗な中を手探りで降りていくと、しばらくすると瓦礫のような
壁でふさがれています。これを通り抜けるにはどうしたらいいんだ?

私は現実に帰って「今まで自分がやったことがないこと」
「二度とやりたくないと思っている事」
「やってはいけないと思っている事」をやってみることにしました。

そうしたことを経験する度に、なんとその扉は開きました。
3~4年そんなことを続けて、
遂に私は「最後の部屋」「心の底」にたどり着きました。

そこは古びた遠い過去の記憶の体育館のようなところで、
私は「え?なにこれ?私の心の底なんてこんなもん?」
と思いました。

しかしそのとき何故か「ふと閃いたのです」
「この三次元の部屋自体がドアなのでは?」と。

私はその「三次元の部屋」を四次元へと開きました。

するとどうでしょう!そこには「星空」が広がっていたのです。
それは「自分の宇宙」などというものではなく、
実際に現実で私が見上げるものと「まったく同じ空」が。

その時私は悟りました。
「私」などというものは宇宙と宇宙の間の刹那なのだと。
AとAの間をつなぐ者。人間の創造の常識では「無いもの」
でも私は在る。つまり鏡面のようなもの。
留まっているものなど、すべて現。

こういったことを知ること。それが「瞑想」です。

因みに私はもうひとつ別の道から空へと至ったことがあります。
道は違えど、行き着く先は同じでした

それからずいぶんと経ったでしょうか。
私が最後まで認めることが出来なかったことは。
「自分が障害者であり普通ではない」ということだったようです。
私にとって私は普通ですからね。

自分を性同一性障害者とは認めませんでした。およそ30年も。
私という存在の可能性の全て、父親から、商社マンから、ヤクザから、
音楽家から、デザイナーから、土木工事まで。
思いつく限りの仕事を試しました。麻薬中毒、精神病患者、アル中、
廃人まで。世界20か国を旅してまわりました。

でもどこにも居場所はありませんでした。
あたりまえです。環境や周りじゃないんです。私は私の体に居るのが
耐えられなかったのです。

最後は精神病院の隔離病棟に居ました。
先生と看護婦以外誰とも会う必要もないところに。
私はこのまま一生。ここで暮らそうと思っていました。
誰にも会うこともなければ何も自分を気にする必要もない。
医療体制も万全。おかしくなってもすぐ対処してくれます。

ただ、半年ぐらい過ごした後、私にはまだひとつだけ
試していない自分の可能性があることに気が付きました。

それは「大嫌いな体を使って男の中の男として認められる仕事をすること」でした。

私は迷いましたが、人生終わりならやってみるかと、
病院を自主退院し、山の中に在る佐川急便のハブセンターに
就職しました。

一晩に10トントラックが50台。500トン。
それを10人でさばきます。

私は体を使う仕事なんてしたことない。どんどん体が故障していきます。
しかし私には「生きるか病院か」です。
傷んだとこにはサラシをぐるぐるまきにして、30個のサポーターを
毎日身に着けて通いました。2年半。

身のこなしを習うためロシアの格闘技システマをならい、
無心でこなすため座禅に通いました。

私はこれを「マイ千日回峰行」と呼んでいましたが、一日も休みなく
2年半経つころには、私は一応10トン乗りに信頼される
スタメンになっていました。

ひとつ覚えておいてください。「座禅」とはただ座ることではないです。
臨済宗などにはよく出てきますが「動中の座禅」と言って、
例えばスポーツ選手が試合真っ只中で何かを考えていると思いますか?
こうした無心も立派な禅的境地に触れる事なのです。

そうして私は2年半後の春。
私が心象を遥かに超える森羅万象の美しさ
も知るころ。

冬に裸だった木に新芽が芽吹くのを
無心で眺めながらはじめて「私女になりたいんだ」と認めたんです。

今ではなにもかもがわたしにとっては必然であり、
良かった気がします。

ふー。

今日はずいぶんと長く書きましたが、ひとつだけ知って下さい。

デヴィッドボウイのようなグラムロック、大島薫くんのような男の娘
といったような人たちが行き着くところは
「バイセクシャル」です。

それは私とはまったく異なります。

私たちトランスジェンダーは、実際にも「自分の性機能を破壊」
します。

私はDNAや生死などには負けません。

まだまだ私の知性は成長していきます。

以上。平沢唯愛でした。
http://yuahirasawa.jimdo.com



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