収録後、皆は次の収録まで数時間楽屋で待機だったけど、俺と智くんは2人だけで撮影と収録が入っていた。
撮影用にセット変えがされるのを待っているとき、智くんが浮かない顔をしているのに気づいた。
「どしたの、元気ない」
「うん…ニノがさ」
智くんは、ため息をついた。
「なんか、様子がおかしい気がすんだよな…」
俺は数日前、振りのレッスンのときに同じく浮かない顔をしていたニノを思い出した。
さっきまで、あんなに普通にラブラブしてるように見えたのに、智くんは、そんなこと感じてたんだね…
「そういや、この前の振りレッスンのとき、元気なかったよ。なんか悩んでるっぽかった」
「翔くんもそう思う?なんかね、変なんだよね…この前飲み会があって、帰ってきたくらいから」
「飲み会って一緒に行ったの?」
「いや、ニノだけ。あのリリティって奴がマジシャンの田中さんって人と飲むからってそれに誘われて行ったんだよね」
マジシャンの田中さん…
「ああ、その人、俺もこの前一緒に飲んだよ。めっちゃ面白い人だったよ」
「ニノも、そう言ってたんだけどね…翔くんは、その人知り合いだったの?」
「いや、ZEROの後、スタッフさん達と飲んだ時に誰かが呼んでたんだよね」
「へぇ、そうなんだ…」
呟いた智くんの顔が、なぜか段々険しくなっていく。
「翔くん、ZEROの後って…ZEROの後っていつ⁈ 」
「え?そりゃ、この前の月曜日だけど…」
「月曜日…だよね…」
智くんは眉を寄せて考え込んだ。
「ニノが、その人と飲みに行ったのも、この前の月曜日…」
小さな声で呟く。
「どういうことだ⁈ 」
「翔くん、それ、何時くらい?」
「ZEROの後、日付変わってから行って…2時間くらい、飲んだかな」
「…ちょうど、ニノが飲み会行ってた時間だ…」
険しい顔したまま智くんが呟く。
「田中さんは、翔くんと飲んでた…。ニノが、嘘ついてる…⁉︎」
「…てことは」
さっき楽屋に来たリリティの顔が脳裏に甦る。
「リリティさんと2人だったってこと?」
「わかんない…なんで…」
落ち着きを失いはじめた智くんを見ながら、俺はさっきのリリティとニノの会話を必死に思い出そうとした。新聞読んでたから、ちゃんと聞いてなかったのが悔やまれる。
「さっき、リリティが楽屋にきたんだよ」
智くんは、ぱっと俺を見てそのままじっと俺の顔を見つめる。
「で、リリティが、ニノに、『この間の件、どうですか』みたいなこと言って…」
俺は頭の中にさっきの会話を再現させようとして目をつぶった。
「たしかニノが…『決めたよ。あとで行く』って言ってた。なんか、お祝いの打ち合わせだと言ってたような…」
智くんは押し黙った。人差し指を下唇にあててなぞる。
「あんなの…はじめてだった…」
智くんは消え入りそうな声で呟いた。
「ニノが…あんなふうに…楽屋で…なんて…」
俺が気づかないフリしてた、キスのことを言っているのだと彼の指の動きで察する。
「ニノは…中空きだった?」
目を合わせてうなずくと、智くんは手を顔にあててうつむいた。
「どうしよ…ニノ…もしかして…アイツのこと…」
俺は智くんの肩に手を回して、抱き寄せる。
「智くん、大丈夫。心変わりとかじゃないよ、絶対」
俺は力強く言った。智くんが、顔を上げて俺を見つめる。
ニノは…そんなことになったら、絶対楽屋でキスなんかしない。
ニノは、絶対、今まで通り、智くんのことを大切に思っているはず…
…じゃあ、なんで智くんに嘘ついたんだってトコなんだよな…
さっきの会話をもう一度思い出す。
リリティが「どうですか?」って聞いて、ニノは「決めた」と言っていた。
ニノは何か…選択をしなきゃいけなかったのか…?
それはおそらくは、智くんにも、俺たちにも言えない…
それは何なんだろう。
なんでニノは言えなかったんだろう…
ニノは、何を「決めた」んだろう…
「翔くん…」
考え込んでた俺を、智くんが消え入りそうな声で呼んだとき、「大野さん、櫻井さん、お願いします」とスタッフさんがやってきて声をかけた。